宇宙ブログ
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宇宙飛行士 若田光一との対話ブログ 松井孝典さんとの対話

回遊魚のように泳げる無重力の海  その不思議な空間感覚

2009年5月 8日

松井孝典先生、

 所長ご就任おめでとうございます。「惑星探査研究センター」とは心躍る名称ですね!お仕事の内容も火星での生命探査と聞き、日本でもそのような研究組織ができると思うと感激です。

1_4  宇宙生命といえば「ドレイクの方程式」が有名ですが、ぜひ宇宙での知的文明数が1より大きいことが確認できることを期待しています。ロボットではなく私が火星まで行きたいくらいではありますが、火星までの道のりのほんの、とば口の地球低軌道から先生のチームのご成功をお祈りいたします。

 巨人軍の坂本選手とのやりとりの中で、宇宙飛行士にとってのチームワークの重要性について触れました。これは言い換えれば自分と他者との役割を客観的に把握することの重要性といえます。

2_3   先生のご研究のように地球外生命を見つけ出し、彼我の相違を検討して生命の起源を探ることは、我々人間を含む地球生命への理解を深めるだけでなく、我々がなぜ宇宙に出て行こうとしているのかという哲学的な考察も広めてくれるものだと思います。それは地球に住む生命の代表としての人間のレゾンデートルと言えるとも思います。

 一方で国際宇宙ステーション(ISS)クルーとしてのレゾンデートル、「きぼう」利用による科学的研究の実施(知求)ですが、生物学・物理学・医学など多岐にわたる研究を行っています。また、自分自身でも骨粗鬆症(こつそしょうしょう)治療薬を服用して、長期宇宙飛行実施の際に大きな問題となる骨量減少と尿路結石リスクを軽減するための研究を行っています。

3_2  この研究は健康管理運用と連携して、宇宙飛行中に生じる骨量減少や筋萎縮(いしゅく)を最小にする対策・予防法を確立するために行われますが、高齢化社会における予防医学(予防的投薬やリハビリ訓練等)の発展にも応用可能な成果を得られると期待しています。

 脳の新しいひらめき(知球)については、現在進行形です。体性感覚については1か月以上の無重力生活のおかげですっかり環境に適応しました。地上では意識しなかったような身体の使い方がいまでは自然にできるようになっています。

モジュール内の移動も「そろりそろり」ではなく、太平洋を回遊する魚のようなダイナミックな動きになりました。ISSの3次元空間モデルがすべて私の脳内に形成されたのかとも考えます。

4_2  体の姿勢や位置を認識するための基準となる座標を時折、意図的に変えてISS内を移動することにより、脳内に形成された空間モデルへの座標変換のプロセスが、直感的には新しい家の中に入ったような感覚を持つことにつながるということも思いがけない体験です。

 「習い性になる」という言葉がありますが、身体的な適応が今後どのように認識/思考法に影響していくのでしょうか。先生をはじめとする一連のこの対話ブログでのやりとりを後から確認してみると、この変化が見てとれるかもしれないと思うととても興味深いです。

軌道上滞在47日目、太平洋上空にて

≪補足≫

※「ドレイクの方程式」は、宇宙にどのくらいの知的文明が存在しているかを計算式の形で表したもの。知的文明数が1というのは、地球にいるわれわれ人類が宇宙で唯一の知的文明であるということを意味する。しかし、人類が「ひとりぼっち」では面白くないから、「知的文明数が1より大きい」、すなわち人間以外にも知的文明があるといい、という思いを若田さんは込めている、ということ。

※「体性感覚」とは、ここでは自分の姿勢がどうなっているかが目をつぶっていてもとらえることのできる感覚のこと。。

※「ISSの3次元空間モデルがすべて私の脳内に形成されたのかとも考えます」。これは、我が家のように宇宙ステーションの船内のどこがどうなっているか、体で覚えこんだ様子と例えられる。

※「体の姿勢や位置を認識するための基準となる座標を時折、意図的に変えてISS内を移動する」とは、無重力の宇宙ステーションの中で、通常認識している天井・床方向をわざと逆に考えて移動してみること。上下の識別は、重力があれば簡単だ。だが、無重力の世界ではそうはいかない。このため、ISSでは灯りのある方を「上」、つまり天井と定めているそうだ。

※「脳内に形成された空間モデルへの座標変換のプロセスが、直感的には新しい家の中に入ったような感覚を持つことにつながる」というのも、例えば住み慣れてきた宇宙ステーションも、天井と床をひっくり返して見ようとするだけで、これまでとはまったく違った、新しい別の家のように感じる、ということ。


松井孝典さんから若田さんへの質問


Eth きぼう アラカルト(ニュースでたどる若田さん@SPACE! )


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地上の若田さんの写真   


Eth きぼう アラカルト
(ニュースでたどる若田さん@SPACE! )

知りたい、宇宙での「ひらめき体験」

2009年4月28日

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宇宙飛行士 若田光一様

 千葉工大惑星探査研究センター所長 松井孝典

 宇宙に滞在して1か月半、もう宇宙生活に慣れたでしょうか?

 小生も3月で東大を定年退職し、4月から千葉工大惑星探査研究センター所長として、新たな気持ちで宇宙と関わろうとしています。

 ここでの夢は、ロボットによる火星の地下探査を通じて、生命の痕跡を発見することです。20世紀に、物理学と化学は宇宙で成立することが確かめられました。しかし、生物学は未だその段階に達せず、地球生物学のままです。宇宙で成立する生物学の構築が、21世紀における科学の、最も重要なテーマの一つといえるでしょう。

 文明も同様です。若田さんのミッションはまさにそれに直接関わっています。若い人たちにとっては、彼らのレゾンデートルに関わるが故に、大きな希望をもたらすことでしょう。

 前回のメールで、今われわれは、地球維新の時を迎えていることをお伝えしました。宇宙から改めて惑星としての地球を見て、3つのチキュウ(地球、知求、知球)は、どのように思い起こされるでしょうか?

 宇宙という場は何か新しいひらめきを、若田さんの脳に誘起したでしょうか?

 外界を投影して大脳皮質の中に内部モデルを作るという、ホモサピエンスしか持ち得ない特殊能力が、宇宙という場でどのような振る舞いをするのか、若田さんの体験を通じて是非お聞きしたいと思っています。

 ★若田さんから松井さんへ

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宇宙の若田さんの写真


Chijou
地上の若田さんの写真   


Eth きぼう アラカルト
(ニュースでたどる若田さん@SPACE! )

続けたい「知のキャッチボール」

2009年2月16日

松井孝典先生

 

090213_02_2 打ち上げが迫り、日本人として最初の長期滞在の開始に向け、これまでのスペースシャトルミッションとはまた違う、未知への期待と緊張とでまさに身が引き締まる思いです。



2008 年を代表する漢字は「変」ということで、これはまさに松井先生のおっしゃる世界を覆う閉塞感を変えねばならないという国民の希望の顕れだと思います。私も 「きぼう」の本格的な利用が開始されるまさにその場にいられるという得難い機会を最大限に活用し、ヒトが宇宙で何ができるかをどのように日本国民ひいては 世界の人々に広くアピールできるかを日夜考えております。


松井先生の3つの「チキュウ」の定義をお借りすれば、それは一つは「きぼう」利用による科学的研究の実施により(知求)、また国際平和の一つの象徴としての国際宇宙ステーション(ISS)計画の成功により(地球)、さらには長期宇宙滞在によって得られる認識・認知の変容の地上との共有(知球)により、新しい知見を一つ加えていくことであるのでしょう。


すでに私のミッションの後には、野口宇宙飛行士・古川宇宙飛行士のISS長 期滞在や山崎宇宙飛行士のスペースシャトル飛行が予定されており、一つ一つ石を積み上げるようにして「俯瞰的な視点」を獲得していくことと確信していま す。世界不況などで内向きになりがちな日本の若い世代に対しても、未来の理想郷を示す嚆矢となることができれば光栄です。


これからも先生との「知のキャッチボール」を続けていきたいと思っております。どうぞよろしくお願いいたします。

 

 

国際宇宙ステーション(ISS)で日本人初の長期宇宙滞在に入るのを前に、打ち上げ前の最後の訓練に忙しい若田光一さんから、対談者たちへの「返信」が届いた。

■往信■ 惑星科学者の松井孝典さんは、若田さんに宇宙から「新しい文明観」を発信してほしい、と呼びかけた。(本文はこちら)

★若田さん→小林麻央さんへのメッセージはこちら

 ★若田さん→松本零士さんへのメッセージはこちら

「地球維新」を、宇宙から

2009年2月 4日

若田 様

20041109g0tg0tj9992_2  日本人として初の宇宙長期滞在、今はその旅立ちを前にして期待感にあふれていると思います。

 世界は100年に一度の大不況と言うことで、閉塞感に満ちていますが、それは逆の意味では、現在の文明を新しい段階に相転移させるチャンスということもできます。

 20世紀人類は地球の重力を突破し、生命として初めて宇宙に旅立ちました。それは人類が、地球で成立する考え方を、宇宙と言う時空スケールで検証する機会を得たということです。

 新しい文明は、宇宙から俯瞰してそれを考える視点から生まれるであろうと私は考えています。

 例えばそのような視点から今の地球を見ると、地球システムの構成要素としてわれわれ人類が、人間圏を構成して生きているその姿が見えます。

 それが現在の文明の姿です。すでに若田さんは最初の飛行でそれを、宇宙から確認していると思います。宇宙に長期滞在する若田さんに私が期待するのは、そのような文明の普遍性を宇宙に探るということです。

 それは3つの「チキュウ」につながります。統合的な知の方法論を求めることであり(知求)、地球と調和的な人間圏の姿を探ることであり(地球)、われわれの脳の中に新しい知の体系を投影する(知球)ことです。

 人間圏という文明は今、岐路を迎えています。それは未来に理想郷(ユートピア)を求めるのか、過去に理想郷(アルカディア)を求めるのか、その選択といってもいいでしょう。

 明治維新から140年、今度はわれわれ日本人が世界の先頭に立って「地球維新」を世に問わねばならないのかもしれません。若田さんには宇宙から是非その先頭に立っていただきたいと思います。 

                                                   松井 孝典  
 

 若田光一さんがもうすぐ国際宇宙ステーション(ISS)へ旅立つ。日本人として初の長期宇宙滞在がいよいよ始まる。ヨミウリ・オンラインは、地上の対談者と若田さんとの「往復書簡(メール)」を通じて、「宇宙での暮らし」「宇宙への夢」を追いかけます。まずは、出発前の若田さんに宛てた、対談者たちのメッセージから――。

松本零士さん→若田さんへのメッセージはこちら
小林麻央さん→若田さんへのメッセージはこちら
市川團十郎さん→若田さんへのメッセージはこちら

 惑星科学者で東大教授の松井孝典さんは、宇宙を視野に入れたスケールの大きな文明論を展開する。若田さんにも宇宙から「新しい文明観」を発信してほしい、とエールを送る。