2009年5月29日
茂木健一郎様、
宇宙飛行士はミッションの達成を目的としているため、先生のおっしゃる「メタ認知」の能力が一般の方々より鍛錬されているのかもしれません。というのは、個別具体的な作業があるときに、「これらをこなすにはどうするのが最適か」との認知は誰でも行うものです。
しかし、宇宙飛行士はこれに加えて、日常の訓練で「その作業を行うことの意義は」とか「最終的にどのような成果が期待されているか」という別の角度から考えるように鍛えられているためです。
先生の著作で、「クオリア」という言葉に触れておられたことがありました。私の今回の長期滞在とこれまでの宇宙体験を振り返ってみると、「宇宙の質感は単なる重力の受容器官である耳石(じせき)器への入力の変化ではないな」と、宇宙滞在2か月が過ぎた今になって実感しているところです。
つまり、耳石を支える感覚細胞の湾曲が解放され、その信号が脳の体性感覚野で検知された瞬間に「これまでと異なる状況にいる」との知覚が生じます。これに加えて、「自らの体や宇宙ステーションの構造物全体が自由落下を続けている状態にある」という知識とを前頭葉で統合し、「無重量状態になった」という認知が発生すると感じています。
もちろん身体で感じる浮遊感というのは最初に生じる知覚的な変容なのですが、無重力下で暮らしてしばらくすると、無重量環境に順応した体性感覚が生じて、ぎくしゃくしていた動作がだんだんスムースになってきます。知覚の変化から動作の変化への遷移がまず生じてきます。そして、動作が無重量環境に適応してくると、今度は認知が無重量環境に適応してきます。
例えば、国際宇宙ステーションの内部は、地上の部屋のように照明や機器の設置の仕方によって天井方向・床方向・壁方向が区別されております。滞在当初はこの設定に認知が無意識にとらわれてしまっているのです。
ところが滞在を開始して2か月たった今では自由に方向感覚を設定できるようになりました。自分の内部の視点を変えて、今まで天井だった面を床にしたり、壁だった面を天井にしてみると、見慣れた「きぼう」の内部の景色もがらっと変わったように感じられてとても面白いです。先生の著作で、「脳の中の小人が知覚の変化を捉えて認知を変容させる」と記述されたことを思い出しますが、私の頭の中の小人さんたちも一所懸命頑張っているようです。
このような個人レベルの認知の変容以外にも、今回のように長期間宇宙から地球を眺めて暮らすことで、帰還したらもう一段階レベルアップしたメタ認知を獲得していることを自分でも期待しています。それは「地球・地球人・地球の歴史」に関する素直な洞察と言えばいいのでしょうか……自分のしている行為を一つの国・一つの文化を単位とするだけではなく、地球全体を見据えた広い視野からの認識・意義付け・評価も出来るようになっていれば、素晴らしいことだと思います。
また、茂木先生がいみじくも「デブリーフィング」という語を紹介されていましたが、宇宙飛行士はフライト前の訓練の時点からこのデブリーフィングを積み重ね、「どのようにして上手く出来たか」あるいは「上手く出来なかったのはなぜか」、「どのようにしたら上手く出来るようになるか」という知識をトレーナーや同僚クルーと共有しています。
長期滞在を終えた後、私の活動を支えてくれたフライトコントローラ、システムを開発した技術者、また実験提案者の方々と「技術デブリーフィング」をおこないます。さらに一般の皆さんとも「帰国報告会」という形で長期宇宙滞在から得られた知見を共有しますので、茂木先生とも、私と私の頭の中の小人との鼎(てい)談を行いたく、お越しをお待ちしております。
若田光一
滞在70日目、エジプト上空より、
◆今回の茂木さんから若田さんへのメッセージはこちら ◆前回の若田さんから茂木さんへのメッセージはこちら ◆前回の茂木さんから若田さんへのメッセージはこちら
宇宙の若田さんの写真
地上の若田さんの写真
きぼう アラカルト(ニュースでたどる若田さん@SPACE! )
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そういえば、人間のずぅっと前の先祖は、海から這い上がって
きたのが定説ですよね。環境の変化により進化するのが
生物であるなら、宇宙に定住するようになった人間が
どのように進化するのか楽しみですよね。
ご存知のように、地上での宇宙活動の訓練には、水の中で実施しているものがあります。それは、感覚が宇宙に近いから。
もしかしたら、大昔に無くしてしまったものを再び
取り戻す事になるのかもしれないですね。
えじふとがみたいな