Pop Styleブログ

本文です

今週のオール・アバウトは、ジャニーズJr.による公演「ジャニーズ銀座2016」です。数少ない当日券を求めて長い列ができる、毎年人気のステージです。

続きを読む

(前回までのあらすじ)

運命的な出会いを果たした「オーバジンズ」のメンバーと中国の少年ハオラン。なぜか自分の部屋に転がり込んだハオランに、リリースパーティーで演奏する曲を聴かせ、覚えてもらおうとする健太。信じられないことにハオランは、一度聴いただけで、その演奏を細部まで忠実に再現してみせるのだった――。

 *

「どうなってるんだ?」

 唄いながらもハオランのギターに目を向けるマッシーの表情が語っていた。

 むんとした熱気に満ちた10畳ほどのスタジオに、曲を締めるクラッシュシンバルが響く。これで、今日予定していた10曲分のリハーサルが終わった。

 マッシーが驚くのも無理はない。ハオランは耳コピを始めたあの日1日で、すべての曲を覚えた。その場にいた俺だから、今、マッシーが受けた衝撃は理解できる。狐につままれる、というのはこういうことを言うのだろう。

 真治はドラムスティックを打ち鳴らして、ハオランを褒めていた。

「健太、説明してくれよ。何がどうなってるんだ?」

「今、見たのがすべてさ。ハオランのテクを考えたら、驚くようなことじゃない」

 俺は当然といった顔を保ちながら、ベースに落ちた汗をクロスで拭った。

 この後バンドミーティングがある。なんとかマッシーを説得しないといけない。本来なら1週間後に予定していたリハーサルを4日も前倒すことを俺がゴリ押ししたのも、この耳コピ能力のインパクトが強くなると思ったからだ。

「びっくりしたよ、ハオラン。たくさん覚えたね。それに隆太郎くんになにもかもがそっくり。隆太郎くんに習ったの?」

 そんなことがあるわけもないとわかっているはずの真治も、そう尋ねてしまうほど隆太郎のギターそのものだった。

「ニヤニヤしてないで、ちゃんと説明しろよ」

 マッシーに言われて初めて自分が笑っていることに気づいた。

「わかったよ。じゃあ、さっさと片付けてロビーに行こう」

 マイクを入れた返却用のカゴを手に、スタジオを出た。

 一足先にロビーに出ていたハオランは、ハイチェアに座りカウンターに頬杖をついた格好でマリリンと話している。

「もういいだろう、説明してくれ」

 マッシーは、今起きたことの真相を知りたくてウズウズしているようだった。

「あのガキとここで逢ってからたったの3日しか経ってないのに、どうして10曲も完コピが出来てるんだ。まさか、健太、隆太郎がやめるのを見越して、あいつに曲仕込んでたんじゃないだろうな」

「あほか、そんなことするわけないだろ。隆太郎は突然やめたんだから。それと完コピしてるのは10曲じゃないぜ、マッシー。ハオランはリリパでやる予定の20曲全部を弾けるんだ」

「まさか」

「本当さ。疑うんなら、マリリンに言ってあと2時間くらいスタジオとってもらうか?」

 ハオランのギターに煽られ終始、声を振り絞って唄ったマッシーのガラガラ声を聞けば、あと2時間は無理に決まってるが、ハオランのすごさをだめ押しするようにあえて言ってみた。

「よし、おーい、マリリン、今から使えるスタジオってあるか?」

 マッシーは意外にも俺の提案に乗ってきた。

「あら、熱心ね。今日は暇だからどのスタジオ使っても大丈夫よ」

 予約状況が確認できるPCを見ることもなく言ってから、ハオランにそのことを伝えたようだ。振り返ったハオランは、母親にゲームを続けることを許された子供のように笑っていた。

「大丈夫なのか、そんな声で」

 俺が言い出したこととはいえ、ライヴを控えたヴォーカルに無理をさせることになったのを少し後悔していた。しかし、マッシーの次の言葉を聞いて、大きくガッツポーズをすることになる。

「健太。俺は今、すげえ唄いたいんだ。俺の腹の中に熱いもんがふつふつとたぎってんだ」

「マッシーのそんな顔久しぶりに見た気がする。さっきだって、こいつマイク食べんじゃないかって思うほど気合い入ってたもんな」

「なんか、目を閉じて唄ってるとな、隆太郎がいる感じがして。最近の腑抜けたヤツじゃなくてオーバジンズを組んだばかりの時の隆太郎が。このバンドで俺が何をしたかったのかはっきり思い出したよ」

 こんなこと言ったらハオランに悪いかな、とマッシーは付け加えた。

 俺は首を振った。同じことを感じていたから。

「ということは、ハオランはオーバジンズに入るってことでいいんだな」

「うるせー。好きにしろよ。おい! ハオラン、行くぞ」

 

 こうしてハオランは我がオーバジンズにギタリストとして迎え入れられることになった。物語の始まりはすごく大切だから、すぐにでも君に結末を話してしまいたい衝動に耐えている。ここをちゃんと話しておかないと、その結末さえも凡庸に聞こえてしまうかもしれないからね。とにかく、ハオランのギターは俺に希望を持たせ、マッシーの頑なな心に入り込み、オーバジンズに光を見せてくれた。バンドから気持ちが離れ気味だった真治にしても同じようなことが言えるだろう。ハオランのギターが見せた最初の小さなマジックだった。

 新しい船出をしたオーバジンズはこの日、なんと1日でリリパで演奏する予定のすべての曲を合わせた。6時間にも及ぶリハーサルの後半、俺も真治もヘロヘロでリズム隊としては聞けた演奏ではなかったし、マッシーにいたってはしゃべり声さえまともに出ない状態だった。そしてその中で悠々とギターを弾くハオラン、というシーンをもし君が見たら、コントラストの強さに驚いただろう。まさにボスキャラと、それになぎ倒されたザコキャラといった光景にでも見えただろうから。まあ、それもあながち間違った感想とも言えない。でもザコキャラはザコキャラで、忘れそうになっていた高揚感に包まれてぶっ倒れていたのだから悪くない気分だった。演奏が合うか合わないかなんて、ロックバンドにとっては一番重要なことじゃないと俺は思ってる。君に誤解してほしくないんだけど、必要じゃないと言ってるわけじゃないんだ。ただ一番ではない。ラモーンズを見てよ。「Blitzkrieg Bop」も、もう演奏を飛び越えたところから、俺たちの頭をガツンとぶん殴ってくるだろ? シド・ヴィシャスだってそうさ(これを言うと決まって隆太郎に「下手なベーシストほど、すぐシドの名前を出す」と嫌みを言われたもんだ)。俺たちみたいな専門的な教育を受けてるわけでもないロッカーが演奏力なんて口にしたら、街のピアノ教室の生徒にだって笑われてしまう。だから、俺たちにはアティチュード? エナジー? 情熱? スピリット? なんでもいいや、こういった心を持ち続けることが一番重要なのだと思ってる。間違っちゃいないだろ?

 その夜、俺たちは久しぶりに飲んだ。途中、酔っぱらった真治が烏龍茶を飲んでいたハオランにウイスキーを飲まそうとしたので大慌てで止めるといった場面もあった。いつもはあまり酒を飲まない真治も、この日は大いに飲んでいた。俺もマッシーも飲んだ。終電も気にせずに飲んだ。

 

(つづく)

※次回更新は、6月1日予定

 

 

_

今週のオール・アバウトは、アニメ「機動戦士ガンダム」の人気キャラクター、シャア・アズナブルさんです。ガンダムのキャラクターデザインなどを手がけた安彦良和さん、声優の池田秀一さんにその魅力を語っていただきました。

続きを読む

(前回までのあらすじ)

 解散の危機にあったロックバンド「オーバジンズ」。ベースの健太が連れてきた中国の少年ハオランの演奏力の高さに、ボーカルの将司、ドラムスの真治らメンバーは驚きを隠さなかった。健太は、ハオランをバンドに迎えようと提案。バンドは再び前に向かって動き出し始める!?。

 

 

 俺は高井戸にある自分のアパートのベッドの中で、今日一日で起きたことを思い返していた。

 ここ数ヶ月、オーバジンズのことでもやもやしていたが、今日で一変した。前進したのか後退したのかは、しばらく経ってみないとわからないだろう。でも、不穏な空気の中で身動きがとれない状況よりはよっぽどいい。俺はオーバジンズを続けたいと思っていたし、オーバジンズ以外のバンドでベースを弾く自分の姿を想像できない。でっかいステージにオーバジンズとして立ちたい。けれどこの欲求は、やりたい音楽を曲げてまで成し遂げたいものじゃない。くそみたいなJ-POPバンドになるくらいなら、頭七三分けにしてサラリーマンにでもなろう。いや、なれんのかな? 俺、サラリーマンに。ともかく、それくらいの気持ちをオーバジンズにかけているって話だ。天井に貼ってあるジーン・シモンズのポスターに無言で話しかけていると、隣で寝ている影が寝返りを打って、俺に覆い被さってきた。

「しかし寝相悪いな」

 雑にその影を押しのけた。盛りだくさんの出来事があった今日一日のオチが、こうなるとはさすがに予想できなかった。

 真治が帰った後、スタジオの入れ替えに伴う作業が一段落した俺とハオラン、マリリンの3人で話した。マッシーを説得するにも、もう少しハオランのことを知っておく必要があったから。マリリンは自分の興味も手伝ってか、進んで通訳役を引き受けてくれた。それによると、ハオランが日本に来てまだ間がなく、当然バンドには所属してない。日本にはギターを弾きに来たから、しばらくはいるつもりらしい。

「なんでそんなにギターが上手なのか訊いてくれる? 親がミュージシャンとか?」

 とにかく俺が知りたいのはこれだった。

「それ、マッシーくんと君がけんかしてる時にも聞いたんだけど、なんかよくわからないのよね。村で習ったっていうの。近所の人とか、その村に音楽学校があったのって聞いても、村が教えてくれたって言うの。意味わかんない。ま、私の中国語も相当怪しいから当てにならないかもしれないけど」

 マリリンは腑に落ちない様子で首を振った。

 村が、か。なんかよくわかんねぇけど、上手いもんは上手いからいいか。次の質問をマリリンに伝えようとしたら、ハオランが初めて自分から口を開いた。マリリンは注意深く聞き取ると、言葉を整理する間を置いて言った。

「さっき僕にバンドに入れって言ったアルな。それは俺を雇うって意味アルか。それは稼げるアルか」

「なんで訳した言葉が片言なんだよ」

「そのほうが感じが出るかと思って」

「そんな翻訳サービスいらないよ。つまり、ハオランはバンドに入ってくれそうってこと? 稼げるかっていう質問は、バンドがプロ志向かどうか訊いてんのかな。それならイエスだ、オーバジンズは必ずビッグバンドになるんだ。そりゃ稼げるさ。すぐにってわけじゃないかもしれないけど」

 日本語が通じないとわかっていても、俺はハオランの目をまっすぐに見て力強く言った。バンドが続くかどうか、その先にデビューがあるかどうか、今はハオランにかかっているという気持ちを伝えたかった。

 マリリンに訳されると、ハオランはすぐに首を縦に振った。俺の熱意が本当に通じてるのか不安になるほど、飄々としたハオランの態度に少し不安を覚えながらも、俺はオーバジンズの未来に少し光が見えた気がして胸が高鳴った。

 

 かくして俺は住み込みのギタリストを雇うことになった。……住み込みって! 俺は頭をかきながら、ベッドの隣で自分の右腕を枕に小さな寝息を立てているハオランを見た。

 日本に来たばかり、とマリリンが訳してくれた言葉は、正確には日本に着いたばかりということだった。昨日の夜にフェリーで神戸に着いて、今日の昼に東京に着いたらしい。今日中に、ハオランが同胞と呼ぶ中国の仲間に会い、仕事を紹介してもらおうとしてたという。その前に俺が勧誘したもんだから、ハオランにしてみれば、その手間が省けたというところだろう。バンドを仕事と捉えられるのは微妙だけど。いつか成功する、という“夢”を“予定”に置き換えたら仕事と言えなくもないかと、自分を納得させた。住み込みだって受け入れよう。

 我ながら変なことになっちゃったなと思いながら、目を閉じた。

 

 ハオランに体を揺すられて目を覚ますまで、俺は武道館のステージに立っている夢を見ていた。ベッドサイドのデジタル時計は6:00と表示していた。

「なんだよ、こんなに早い時間に。太極拳でも始める気なら1人でたのむよ」

 カーテンの隙間から差し込む朝日が眩しくて掛け布団にくるまった。

 ベッドに上がってくるハオランを気配で感じた次の瞬間、俺は勢いよくベッド下に転がり落ちた。のり巻きの逆の方法で、掛け布団を引き取られたせいだ。

「なにするんだよ、もう。勘弁してくれよ」

 俺の抗議が通じてる様子もなくハオランは笑っている。

 したたかに打った腰をさすりながら体を起こすと、テーブル代わりに使っているカラーボックスの上に並んでいる2つのどんぶり茶碗が目に入った。覗き込むと、湯気のたったお粥だった。そういえば、いい匂いがしている。

「これ、お前が作ったのか?」

 お粥とハオランを交互に指差すと、すでにカラーボックスの机の向かい側に陣取っているハオランはにっと笑った。

 大学に入って一人暮らしを始めてから、朝飯なんて食べたことないけど、ほっこりとしたいい匂いに誘われて、器に添えられたスプーンを手に取った。

 うまい。口の中に広がるとろりとした食感と絶妙な塩加減が最高だ。具の鶏肉は、いつ買ったかも忘れたほど前から冷凍庫に残っていたものだろう。それと母ちゃんが送ってくれた米をのぞけば、うちのキッチンには食材らしいものはないはずなのに、こんなにおいしいお粥を作れるなんて、俺は軽い衝撃を受けた。瞬く間にお粥を平らげると、目も冴えてきた。動き出した頭の中で、クリアしなきゃいけないいくつかの問題のことを考えた。マッシーの説得、リリパの開催。それに仕事になるとハオランに言い切った以上、オーバジンズのメジャーデビューへの道。どれも簡単ではないけど、俺は全然暗い気持ちにはならなかった。それは、きっとハオランのギターが多少の壁なら打ち破ってくれると思っていたから。そもそも音楽ってそういうもんだって思う。

 食べ終わった器を脇によけて、スマホをハオランの前に置いた。そして、玄関に置いてあったギターをケースから出して渡した。昨日、マリリンがこっそり持ち出しを許可してくれたレンタルのギターで、弦は少し錆びていたけど状態は悪くない。それを練習用のミニアンプに繋いだ。ベース用とはいえゲインのつまみを上げると十分に歪んだサウンドになった。ピックもベース用のおにぎり型しかないけど、まあ大丈夫だろう。ギターを受け取ったハオランは、まっすぐに俺を見ていた。目の色がさっきまでと少し違って見える。

「いいか、ハオラン。これからオーバジンズの曲を聴かせるから、隆太郎が弾いたギターのフレーズを耳コピして欲しいんだ。完コピじゃなくてもいい。曲の構成が頭に入ったら、自分なりにアレンジしたって構わないから」

 オーバジンズに譜面なんかないから聞いて覚えてもらうしかない。

 俺はタッチパネルの再生ボタンを押した。スマホからは、小型のスピーカとは思えないほどクリアな音で、ライヴにおけるオーバジンズの代表曲が再生された。ハオランにとっては最初の曲になるので、割合構成が単純なリフ一発ものを選んだ。こういう曲だからこそ、ライヴでは爆発力がある。

「焦らなくていいから」

 スマホを一点に見つめて聞き入っている様子のハオランを邪魔しないように小さな声で言った。

 リリパはワンマンライヴで2時間近くのステージになるはずだから20曲は演らないといけない。その全部を覚えるのはさすがに難しいだろう。ハオランがどこまでいけるかわからないけど、足りない分はマッシーに弾き語りでもやってもらうしかない。お世辞にも上手とは言えないマッシーの弾き語りだったが、ライヴを形にするために頑張ってもらおう。

 音が途切れて、次の曲が始まったところで停止ボタンを押した。

「どう?」

 恐る恐る尋ねた。

 ハオランは俺に向かってひとさし指を立てた。もう一度聞かせてくれということなのだろう。俺は今の曲をもう一度選択して再生させてから、スマホの充電ケーブルを取りに立ち上がった。スマホからは再び曲の始まりを告げる真治のドラムフィルが流れる。それに呼び込まれるように始まるギターリフを、なんとハオランはこともなげに弾いてみせた。探り探りといった感じはなく、慣れ親しんだ自分の曲のようにスイスイと奏でていく。それは繰り返されるギターリフだけでなく、バッキングの細かいフレーズも忠実に再現されていた。そして曲がギターソロに突入すると、隆太郎がそこにいるみたいに、まるで同じように弾いた。曲はアウトロに突入して冒頭と同じギターリフを繰り返して終わった。次の曲が始まったが、今のにわかには信じられない光景にストップボタンを押すのを忘れていた。もう一度弾いてみせてくれないか? さっきハオランがやったのと同じように、俺は人差し指をハオランに向かって立てた。ハオランは頷いて、今度はスマホの再生を待たずに弾き始め、独奏で弾き終えた。

「いける」

 ハオランにバンドの未来をかけた自分を褒めてやりたい気分だった。

 

(つづく)

※次回更新は、5月25日予定

 

Photo

どうも、帰ってきたダイエッター、(森ゾー)です。昨年9月に、大阪文化部から東京文化部に戻って、放送や演芸などを担当しております。今回は15日に放送50周年を迎える国民的演芸番組「笑点」をALL ABOUT で大特集します!


続きを読む

(前回までのあらすじ)

 ギターの隆太郎が脱退し、解散の危機を迎えたロックバンド「オーバジンズ」。まさにそのとき、楽器店で他の客を圧倒する演奏をしていたギター少年が、健太の前に再び姿を見せる。少年の名はハオラン。運命的なものを感じた健太は半ば強引に、ハオランをバンドに勧誘する――。

 ハオランは、男が閉めたばかりのドアに近づくと躊躇なく引き開けた。Bスタジオの中では、リハーサルが中断しているようで、他のメンバーが談笑をしていた。彼らはドアを開けたのが中座した男ではないと気づくと、会話をすぐに止めて視線をハオランに集めた。その中をハオランは悠然と入室して、スタンドに立てかけてあったギターを断りもせずに肩にかける。そしてそうするのが当然といったように、アンプをスタンバイからオンに切り替えた。ハオランのあまりに自然な立ち振る舞いに、マリリンもマッシーも真治も、そしてBスタジオの人たちさえも声を出し損ねている。数秒のちにアンプからサーッというノイズが出る。

 この後に起こることを俺だけが知っていた。ドアを締めてないせいで、アンプから発せられた爆音はロビーの椅子まで揺らした。萎みかけていた俺の気持ちは再び、そして一気にそそり立った。俺たちのハートを手荒にヴァイブして勃起させるくらいじゃないと、ロックなんて言えない。最高だぜ、ハオラン。俺は爆音の中で叫んだ。他の奴らもきっとおっ勃ててることだろうと周りを見回すが、皆、微動だにしていない。考えてみれば俺も最初はそうだったな。目の前で起こっていることを理解するのに頭が追っ付かなかった。そんな男たちの反応とは反対に、マリリンだけは顔を赤らめて息を乱している。さすがマリリン、ロックをわかってる。

 ハオランが弾いたのは楽器屋の時と同じヴァン・ヘイレンだったが、曲は「Hot For Teacher」に変わっていた。時折登場するクランチサウンドでのバッキングも、ギター側のヴォリューム操作でうまく再現されていた。

 弾き終えたハオランはギターをスタンドに戻すと、入った時と同じように悠然とロビーに戻ってきた。

「ふー。そういうことね」

 マリリンがまだ赤みの残る顔で言った。

「すげー」

 真治はまだ口をぽかんと開けている。

「そういうことね、じゃねーよ。なんなんだよ? なんでそこの道ばたで捕まえてきた中国のガキがあんなギターを弾けんだよ」

 マッシーがマリリンに噛み付くように聞いた。

「やめてよ、唾がとんでる。さっきハオランと話してた時、何をしに日本に来たの?って聞いたら、ギターがどうとか言うわけ。彼の中国語ってかなりなまってるから、意味を取りかねてたら」

「開いた扉の隙間からギターが見えたから、弾いてみせたってわけか。説明するより簡単なんだろ」

 自分が弾いたわけでもないのに俺はどこか自慢げな口調になっていた。

 当の本人は、テーブルの上のカゴに入ったのど飴を見て、マリリンに食べていいか尋ねていた。

「で、なんだって言うんだ? 世界は広くて、すげえギターを弾くガキがいますよ、ってことを俺たちに教えてくれようとしてるのか? それだったら先にテレビ局にでも紹介してやれよ。世界のビックリ映像みたいな番組多いだろ」

「そんなに怖い顔すんなよ。中国人だっていうのは俺だって予想外だったんだから。でも今のギター聞いたら、そんなことどうでもよくなってきた。なあ、マッシー。ハオランをオーバジンズに……」

「あほか! 言葉も通じないやつをバンドに入れてうまくいくはずねえだろ。それに隆太郎が抜けた直後に、新しいメンバーの話をするなんてしたくもない。冷てー野郎だな、お前。リリパのことで頭いっぱいなんじゃねえか?」

 マッシーは本当に殴り掛かってくるんじゃないかっていう剣幕だった。

 確かに、隆太郎が抜けると言った直後にリリパのことも考えた。でもそれは、隆太郎の脱退を軽く考えてのことじゃなく、オーバジンズそのもののことを思ってのことだ。ここでライヴをドタキャンなんてしたら、オーバジンズは本当に終わってしまう。俺は隆太郎だけでなく、オーバジンズまで失うことを恐れていたんだと思う。

「マッシーの言いたいこともわかる。俺は少し冷たい人間なのかもしれない。けどそんな俺もハオランのギターで熱くなったんだ。こいつのギターはきっとオーバジンズの何かを変えてくれると思うんだ」

 俺はソファに座っているハオランを見た。

 ギターを持っていなければ、ただの風変わりなガキだ。逢ったばかりのこいつにバンドの未来を託すというのは、我ながら突拍子もないことを言っていると自覚していた。

「話になんねー。お前の言ってることもそうだし、このガキとは文字通り話しもできねえ。“音楽は国境を越える”なんてこと言い出すなよ」

 マッシーはうすら笑いを浮かべていた。俺に、というよりオーバジンズが消えてくのを眺めているしかない自分に向けた表情のように見えた。

マッシーの引用した有名な言葉が、俺の頭にも過ぎらないわけじゃないが、簡単に寄りかかれないほどの不安もあった。本当に音楽に言葉はいらないのか。家で一人ヘッドフォンをして、洋楽に浸っている時は、言葉なんていらない。英語の歌詞は聞き取れなくても、プレイとシャウトする歌声だけで俺の頭の中にドーパミンが溢れ出す。これがプレイする側になると話は違うだろう。スタジオに入って曲について話し合ったりする。バンドの方向性で言い争うなんて場面も当然あるだろう。それを身振り手振りだけでやり通すなんて、にわかには想像できない。それでも、と俺は思う。俺たちは別にビジネスをやってるんじゃない。音楽だ。ハオランのギターには、俺を納得させる言葉がある。大学で中国語を選択してなかったのがここにきて痛いが、そのうち勉強したっていい。

「言葉の壁を越えれるか越えれないか俺にもわからない。大学で英語の単位を取るのにも四苦八苦した俺たちだから余計にその壁はとてつもなく高く見えるよな? でもハオランのギターは、そこを遥かに越えてきたのはマッシーだって感じただろ? なあ、ダメ元でやってみようぜ。ダメだったらリリパの会場で頭下げて解散宣言をしよう」

「解散……」

 マッシーはその言葉とともに息をのんだ。

 俺とマッシーの間に流れる沈黙に、真治とハオランの暢気な会話が割り込んできた。

「僕、ヴァン・ヘイレンあんまり詳しくないんだけどさ、ハオラン、あれ弾ける?」

 真治はエアギターとともに、聴き馴染みのあるギターリフを口ずさんだ。

 世界で一番有名なイントロのひとつ、「Panama」。この曲のタイトルくらい知っててくれよ、とも思うが、真治の音楽志向が俺たちとちょっとずれているのはわかっている。それを今はからかう気分じゃない。

 眉間にしわを寄せ、リズムをとるように腰をスイングしながらのエアギターとともにハオランは答えた。

 あまりにも堂に入ったエアギターを見てマリリンは噴き出した。まったく、こいつら何をやってんだ。マッシーと真剣に言い合っているのがバカバカしくなってきた。

「そう、パナマ。あれ好きなんだ。ザ・アメリカン・ロックって感じで。ロックって言ってるけど、めちゃくちゃポップだよね、ヴァン・ヘイレンって。弾けるの?」

 真治はハオランのエアギターと顔を交互に指差した。

 意味を理解したらしいハオランは、大きく頷くと真治の腕をとってさっき乱入したスタジオに入ろうとした。

「だめだめ、そっちは人のスタジオ。奥に俺たちのスタジオもあるから、そっちでセッションしようぜ。マリちゃん、レンタルのギター借りるよ。あとケーブルも」

 2人はDSでゲームの対戦でもするかのように、小走りでスタジオへと消えていった。黙ったまま俯いているマッシーの肩を叩いて、俺は2人の後を追いかけた。

 

 スタジオの終了を知らせるためのフラッシュライトが点滅するまで、俺たちは時間を忘れて音を出していた。俺と真治は額にうっすらかいた汗をおしぼりで拭いながら、ロビーのソファーにどかっと腰を下ろした。反対にテーブルののど飴に手を伸ばしているハオランは涼しい顔をしていた。確かにハオランとのセッションは、難易度MAXに設定されたDSのゲームみたいだった。これは、いい意味でも悪い意味でも、だ。

 最強のラスボスと戦っている時に似た緊張感には興奮した。そりゃそうだ、音だけで言うと、ほとんどヴァン・ヘイレン本人と音を出しているみたいなもんだから。

「ねえ、健ちゃん。やっぱりハオランすごいね。あれだけ弾きまくってミストーンがひとつもないなんて。それにライヴでもないのにステージングだってしちゃってるのにリズムだって全然ヨレないしさ。隆太郎さんと比べちゃ悪いけど」

 ハオランと比べられると隆太郎が気の毒だ。

「でもさ、なんかこう、すっきりしないとこがあるんだよね、上手く言えないけど」

 ハオランに日本語が通じないことはわかっているのに、真治はなぜか小声だ。

「いっしょに演奏してる感じじゃないよね。なんか、CDに合わせてドラム叩いてるみたいな気分になる瞬間があってさ。僕がフィルとかシクってもおかまいなしっていうか。下手な僕らに合わせてって言うのもなんだけど、普通、どっかで帳尻を合わせてくれそうなもんだけど。健ちゃんなんてキーを間違えて弾いてたけど、それだって関係なかったもんね」

 それを言うなよ、真治。聞こえないように舌打ちをした。

 確かに、俺はさっき盛大に間違った。ああ、間違ったさ。ギターや鍵盤の上モノと違って、曲を下支えするベースが間違うと、時空が歪むほどの不協和音を生み出す。自慢じゃないが、これまでに何度もライヴハウスの時空を歪めてきた俺だから言い切れる。

 真治の言う違和感は俺の感じているものと同じだと思う。

「レベルが違い過ぎるからかな? もしかしたらハオランも多少緊張してたのかも。自分が弾くことで精一杯で、俺らの音、あんま耳に入ってなかったのかな」

 首を傾げながらも真治はことさら気に留める様子もなく、ドラムスティックをケースに入れた。

「初めてだったしな。そのうち合ってくるさ」

 俺は軽い調子で答えることで、違和感と、自分がミスったという事実の両方を打ち消したかった。

「あれ? そういえばマッシーは?」

 真治がロビーを見回す。ちょうどスタジオの入れ替えの時間なので、ロビーは賑わっていたが、マッシーの姿はない。

「ねえ、マリちゃん、マッシー知らない?」

「ぶつぶつ言いながら帰ったわよ」

 カウンターの中で、スタジオ代の精算作業に追われているマリリンは顔も上げずに言った。

「げ、マッシー怒ってるよ、ヤバいよ、健ちゃん」

 ヤバいと言う割には、ちっとも深刻そうじゃない。

 俺とマッシー、それに隆太郎はこれまでに何度となくぶつかってきた。それが抜き差しならない段階まで発展しなかったのは、このライトな性格の真治の存在が大きかったことを思い出していた。

「で、真治はどう思うよ。ハオランと一緒にバンドやるって話」

「ああそれね。僕も人のこと言えないところあるけど、健ちゃん、超めちゃくちゃなこと思いついたよね。年下の外国人とバンドやろうだなんて。ギターのメンバーチェンジのこと、前から考えてたの?」

 もちろん考えていたわけじゃない。

 俺は真治に、楽器屋での出来事を話した。その後の、隆太郎が脱退するという状況と合わせて、運命的なものを感じているとも。

「ふーん」

 真治は鼻にかかった声で言った。

「いいんじゃない。健ちゃんがそこまで言うなら。なんか面白そうだし。マッシーが分かってくれたらの話だけど。このままじゃヴォーカルも探さないといけなくなっちゃうよ」

 真治はいたずらっぽく笑うと、バイト仲間と飲みの予定があると言って帰っていった。

(つづく)

※次回更新は5月18日予定

Photo

今週のALL ABOUTは、劇作家・演出家の、KERAことケラリーノ・サンドロヴィッチさんです。

続きを読む

 

(前回までのあらすじ)

リハーサルのため、ロックバンド「オーバジンズ」のメンバー4人が久しぶりに顔をそろえた。ベースの健太、ヴォーカルのマッシーこと将司、ドラムスの真治、ギターの隆太郎。しかし、隆太郎が作ってきた曲は、洋楽志向のバンドとは相いれないJ-pop。ライヴは翌月に迫っている。メンバーの間に不穏な空気が漂う中、隆太郎が吐き捨てた。「やめるんだよ。オーバジンズ」--。

  

  

(――ああ言っちゃったか……)

 誰が先に言い出すか、という状況だったけど、言うか言わないかでは大違いで、皆、細い塀の上を歩く気分で、黙っていたことだ。その細い道をなんとか渡り切れば、また、前のような心躍る場所にたどり着くのかも。可能性は少ないが、信じていたい部分もあった。

 俺は何も言い返せずにいた。真治が慌ててスタジオの中に走って行った。面倒くさそうな顔を隠そうともしないマッシーがロビーに現れた。あご髭をさかんに触っているのは、マッシーが苛立っているときの癖だ。

「マッシー君、健ちゃん、なんか言いなよ。隆太郎くん、やめるって言ってんだよ」

 真治が急かす。

「一応、理由を聞かせてくれよ、隆太郎。ライヴも近いんだし、今、お前に抜けられたら困ることくらいわかるだろ」

 形としては突然の脱退宣言だったけど、それぞれに感じていたところはあるからだろう、マッシーは動揺するでもなく冷たい声で尋ねた。

「マッシーだって、今の曲、気に入ってないんだろう? 今日の曲だけじゃなくて、ここのところ、俺が作ってきた曲を聞かせても、皆、しょうもない曲作ってきやがって、みたいな顔してさ」

「そうだっけ?」

「そうだっけ? お前が一番、わかりやすく顔に書いてたぜ、健太。自分で書いてみろってんだ。ヘタクソなベースしか弾けないクセして」

 オーバジンズの作曲面は隆太郎に任せっきりという立場上、反論の言葉に詰まる。ヘタクソなベースのくだりは余計だが、そこも反論しにくい部分ではある。

「だって、こないだの曲は〇〇っぽいし、その前のは××っぽくて。今日のはこないだのより更に〇〇っぽいんだぜ。ロックうんぬんの前に、お前のアイデンティティはどこにあるんだよ」

 俺は、言ってはならないことを口にしている自覚があった。その証拠に隆太郎の顔はみるみる青ざめていった。それでも訂正するつもりもない。

「言い過ぎだよ、健ちゃん。俺は好きだよ。最近の隆太郎くんの曲も。昔から〇〇も××も、めっちゃ好きだったし」

 真治、慰めになってないぞ。

「もういいよ」

 隆太郎が言った。

「そんなんだから客減っていくんだよ。ロック一本槍で飽きられてきてるって気づかないかな?」

「客のために音楽をやってるんじゃねえ」

 マッシーがすかさず口を挟む。

「それももういいよ。マッシーのそのロック原理主義。今は2016年だ。これが意味することは2つ、ロックがロックとして成り立ってた1970年代じゃないってことと、俺たちはもう大学生じゃないってこと。もう俺たちの同年代のバンドがデビューしてヒット曲バンバン出してるんだ。学生気分ではバンドやってる場合じゃないんだ」

 そう言い終えた隆太郎は肩で息をついて続けた。

「もう潮時だよ。きっと」

 隆太郎は自嘲気味にいってから自動扉を出て行った。真治は追おうとしたが、マッシーが止めた。

 自動扉が小さな物語の終わりを告げるように静かに閉まった。

 

 隆太郎の言った潮時という言葉が頭をぐるぐる回る。好きで始めたバンドだけど、この頃では、楽しいって思うことよりも、めんどくせーなとか、しんどいなって思うことのほうが断然多かった。いいや、音楽自体が嫌いになったわけじゃない。めんどくさいのはバンドの人間関係。人間関係のもつれなんて言葉、ロックと遠いとこにある気がしてたけど、周りのバンドが解散していくのは、世に言う“音楽性の違い”なんかじゃなくて、ほとんどはこれ。隆太郎のことも、音楽のことがやめる原因みたいにみえるけど、それもここんとこうまくいってないバンドの状況が生み出したものだから、結局のところ人間関係。

「どうするの? ギターがいなくちゃ、ライヴどころかバンドできないよ」

 真治が不安そうに振り返った。

 俺は隆太郎が去った窓の外をまだ見ていた。ギターを担いだ隆太郎の背中は、すぐに渋谷の人波の中に消えていく。戻ってくるなんて思っていないけど、簡単には割り切れない気持ちが俺の視線を彷徨わせた。その視線の中に、おおよそ渋谷に馴染んでない少年の姿が飛び込んできた。ちょうど、歌番組で唄い終わった歌手が次の歌手に入れ替わるみたいに。

 俺は何も言わずに表に走り出た。あいつだ。さっき楽器屋で見た、凄腕の彼だ。いきなり声をかけたら、きっと不審がられるだろうけど、俺には大丈夫だという確信があった。だって、この渋谷で連絡先も知らないヤツと2度も会ったんだ。それも、ギタリストが抜けた直後に!

 今度はすぐに追いついた。俺は息を整えながら言う。

「ちょっと君、いいかな? 君がさっき楽器屋でギターを弾いているのを見たんだ。すごく上手だよね。あ、俺の名前は健太。よかったら、話を聞いてくれないかな」

 振り向いた彼は、俺を見て不審がるわけでもなく、小さく首を傾げた。道の真ん中で突然立ち話を始めたせいで、行き交う人はあからさまに嫌な目をした。

「ちょっと時間ある? ほら、すぐそこの建物だから、ちょっと話させてよ。ほんのちょっとだけ、ねっ」

 俺はぐいっと腕を掴み、半ば強引にスタジオへと引っ張っていった。ロビーのガラス越しに、マッシーたちが眉をひそめてこちらを窺っているのが見える。バンドの解散の危機に、ショックで俺の頭がどうにかなったとでも思ったのかもしれない。

「だれ? そいつ」

 ロビーに入るなり、彼を指差してマッシーが言った。俺は返事の代わりにマッシーにニコリと笑って、すぐに少年に向き合った。

「ま、とりあえず座りなよ」

 少年をソファに押し込むように座らせ、俺も向かいの席に腰を下ろした。

「ねえ、君、単刀直入に聞くけど、今、どっかのバンドに入ってたりする? いや、入ってたっていいんだ。掛け持ちって手もあるから。今、俺たちのバンド、ギタリストがいなくてさ、ちょっと手伝ってもらえないかと思って」

「おい、健太! 何言ってんだ、ちゃんと説明しろよ」

 マッシーが言葉を挟もうとするのを制して俺は続けた。俺の頭の中でイメージは飛躍していた。この彼が加入したオーバジンズを想像して気持ちがたかぶってたんだと思う。

「さっきはヴァン・ヘイレンを弾いていたけど、他にはどんなのに影響を受けてんの? やっぱり、ヘヴィメタル系? カッティングとかも出来る? いや、メタル系の人ってそういうの苦手な人も多いから」

「ねえ、健ちゃん」

 今度は真治が割って入る。

「なんだよ?」

 俺は舌打ちまじりに答えた。

「通じてないよ」

 真治が言った。

「なにがだよ?」

「言葉が。だってどう見ても彼、日本人じゃないもん」

 彼を指差して真治がいう。彼はやはり首を小さく傾げているだけだ。

 俺はもう一度、彼をよく見た。最初見たときから、なんか中国人みたいだなと思っていた服装、髪型。みたい、じゃなくて、こいつどう見ても中国人だ。なんで思い至らなかったんだろう。どれほど頭に血が上ってんだって話だ。俺は高鳴っていた心臓が、しょぼしょぼと縮んでいくのを感じていた。

「日本語、わかりますか? キャン ユー スピーク ジャパニーズ?」

 真治が話しかけるが、彼は意味を理解しているようには思えない。

 マッシーはいらだちを隠そうともせず、

「こんな中国のガキを連れてきてどういうつもりだよ?」

 と怒鳴った。

「中国人か? えーと、ニーハオ?」

 なおも話しかけ続けている真治の、この質問にわずかに反応した。

「チャイニーズ? イエス? ねえ、健ちゃん、この子、やっぱり中国人らしいよ」

 初めての意思疎通に素直に喜ぶ真治の肩越しに、

「ターチャオサンマミンツー?」

 と、流暢な中国語(たぶん)が聞こえた。マリリンの声だ。

 どこか不安そうな彼は、にわかに表情を緩めて、

「ハオラン」

 と短く答えた。

「ハオランだってこの子の名前。中国には良くある名前ね」

 そう言うと、マリリンはさら中国語で話しかけている。マリリンはなんで中国語がすんなり話せるんだ? また謎が増えた。俺たちが顔を見合わせていると、突然の大音量。ロビーに一番近いBスタジオのドアが開いたのだ。中から、携帯を手にした男が出てきた。男が後ろ手にスタジオの防音扉を閉めたので、すぐにロビーに漏れ出る音は収まった。しかし、マリリンは見逃さずその男に向かってきつく言った。

「ちょっと、ドアを開けるときは演奏を中止してからって注意書きに書いてますよね?」

 男は携帯を耳に当てたまま、申し訳なさそうに頭を下げながら、自動扉を出た。

「すぐ近所から苦情がくるんだから。あれ? ハオラン、どうしたの?」

 マリリンと会話をしていたハオランが突然立ち上がった。

 

(つづく)

※次回更新は5月11日予定

497896794今週のオール・アバウトは、「厨房のピカソ」の異名を持つフランス料理の三つ星シェフ、ピエール・ガニェールさんです。

続きを読む

(前回のあらすじ)

 ロックバンド「オーバジンズ」のベーシスト・健太はある日、渋谷の楽器店で、ヴァン・ヘイレンの難曲を完璧に弾きこなす少年と出会う。その演奏に衝撃を受け、店を出た少年の後を追いかける健太。しかし、雑踏の中にその姿を見失い、「オーバジンズ」のメンバーが久しぶりに顔をそろえるリハーサルスタジオに向かう。

 

 

 スタジオのロビーに入ると、備え付けの音楽雑誌をめくっているヴォーカルの将司の姿があった。

「よう、早いな。マッシー」

 マッシーは俺が横に座って肩を叩くまで、気づかなかったみたいで、ちょっとびっくりしたように雑誌から顔を上げた。マッシーはいつものしゃがれ声で

「おお、健太」

 と言った。

「何、聞いてた?」

 マッシーは、俺が歩きながら聞いていたイヤフォンをスマホに巻き付けてるのを見て聞いてきた。

「ポイズン」

 俺は答えた。

「の?」

「Flesh & Blood」

 と答えると、マッシーは親指を立てて、 グッチョイスといってくれた。まあ、名盤だしね。

「他のヤツはまだ?」

 煙草に火をつけながら聞いた。このスタジオは今時珍しく喫煙OKなので気に入ってる。

「まだだろ。スタートまでまだ時間あるし」

 マッシーは壁の時計を見ながら言った。

「来るかな? あいつら」

「いくらなんでも来るだろう。真治はちょっと遅れるってラインが入ってた。4人の時間が合うとこを何回もリスケして今日に決めたんだ。ドタキャンなんてことになると、いよいよオーバジンズは」

 マッシーはそこで言葉を濁した。言わなくてもお互いわかっている。このバンドを始めたのは俺が大学2年の頃。ひとつ下の真治は1年生だったか。大学のバンドサークルで、俺たちのバンド、オーバジンズの母体となるバンドは始まった。気の合う連中でセッションを繰り返すうちに、いつの間にか、ヴォーカルのマッシーこと将司、ドラムの真治、ギターの隆太郎と俺の4人が固定のメンバーとなってオーバジンズが誕生した。ちなみに、よくダサいと指摘されるこのバンド名、俺としては、このちょっと抜けている感じがクールだと思ってるんだけど、どうだろう。初ライヴの前に、中華料理屋でバンド名を決める話し合いをしていたんだけど、これがなかなか難航して。ちょうど運ばれてきた麻婆茄子を見て誰かが「なすび……、オーバジンズは?」と言ったことからその名はついた。イギリスでは茄子のことをそう呼ぶと、俺はその時初めて知ったが、ともかくそうやって始まったバンドに、俺たち4人はそれぞれのすべての時間を費やしていた。俺、マッシー、隆太郎の3人がぎりぎりとは言え、ちゃんと4年間で卒業できたのは、ちょっとした奇跡と言っていい。

 思えばあの頃は、こんなふうにお互いのスケジュールを調整してスタジオに入るなんてことはなかった。うちの大学には、長く使っていない寄宿舎があって、そこに 勝手にアンプやドラムを持ち込んで練習場所としていた。約束なんかしなくても、俺たちはいつも一緒にいた。

 マッシーと俺が、ポイズンにリッチー・コッツェンが加入した意味についてしばらく話をしていたら、自動扉が開いて隆太郎が入ってきた。ひょろりとした体に、ネイビーのシャツにブルージーンズ。制服を一枚羽織らせたら、そのままコンビニのレジに立てそうな格好。隆太郎は俺たちを見ると、俯き加減で小さく手を挙げた。俺は、このごろ隆太郎が俺たちとあまり目を合わさなくなっていることに気づいていた。

「おう、隆太郎。バイト忙しそうだな」

 俺は、極力明るい声を出そうと努めた。

「なかなかシフトが出なくて。何回もリスケしてもらって悪かったな」

 そう言うと隆太郎は、俺たちの座っている場所に近づくことなく、入室可になったスタジオに一人向かった。俺は振り返ってマッシーに言った。

「あいつ、曲作ってきたかな?」

「2、3曲はあるだろ。だってあいつが曲作りしたいって言って、ここ2ヶ月練習来てないんだから」

 マッシーはそう言うと、手に持っていた音楽雑誌をマガジンラックに戻して、スタジオに向かった。俺はすぐに後を追う気になれず、再び煙草に火をつけた。

「うまくいってないみたいだね。いかにも解散する直前って感じ。だいたいそうなのね。解散するバンドって、みんなそんな感じでどんよりとした空気が漂ってるの」

 カウンターの中からニヤニヤしながら話しかけてきたのは、このスタジオのバイトで、名前をマリリンという。マリリンというのはもちろんニックネームだろうけど、本当の名前は誰も知らない。名前どころか年齢(17、8歳という噂)も素性みたいなものも知らない。まあ、スタジオのバイトの子だから、そんなこと気にしなくてもいいのかもしれないけど、みんながどうしても気になるのは、なんというか、やっぱり、かわいいからだろう。白に近い金髪、細い手首に革のバングル、タイトなミニスカートからすらりとした足を見せていて、その足にはちょっと重そうなごつめのブーツ。ファッションもいいところをついてくる。謎の素性にはもうひとつ尾ひれがついている。マリリン自身、バンド好きでここに練習に来るバンドのライヴにもちょくちょく顔を出す。ライヴ後の打ち上げにまで参加するらしいんだけど、気に入ったメンバーがいると、すぐその打ち上げをしている飲み屋から、姿を消すのだそうだ。もちろんそのメンバーと一緒に。かわいくてすぐやらせてくれるって、夢のある話だと思わないか? ああ今はそんな話じゃない。

「やっぱそう見える?」

「うん、ザ・梅雨って感じ」

 俺はなんとか笑顔を返して、マッシーが置いた音楽雑誌をちらりと見た。さっき声をかけた時に、あわててページをめくったが、マッシーが読んでいたのは確かに「メンバー募集」のページだったのを俺は見逃していなかった。

「この後、雨が降るとわかってても、どこにも傘が見つからないってこともあるんだよ、どこにもね」

 俺は格好つけて言ったけど、マリリンは鼻で笑っただけだった。

 

■ 2 ■

 

 気分はサイテー。リハーサルは確かに梅雨の雨みたいな湿っぽいものだった。まず真治にはさんざん待たされた。なんでもバイト先で交代のヤツが遅刻したとかなんとかで。そして隆太郎が作ってきたたった1曲は、笑っていいものか、怒っていいものか判断も出来ないような、J-popだった。オーバジンズは徹頭徹尾、洋楽志向だったはずだ。メンバーそれぞれに好みのグラデーションはあるにしろ。いや、J-popをひとくくりに否定する気はない。世の中のものすべてに共通することだろうけど、同じ名前で括られていても、その中に良いと悪いがある。良い恋愛と悪い恋愛みたいにさ。そういう意味で隆太郎の作ってきた曲は明らかに悪い、いや、胸くそ悪いJ-popだった。どのセクションも、どっかで聞いたことあるような、泣きというか切な系というか。メロそのもののクオリティがどうとかいう前に、そう、まったくどこにアティチュードを感じればいいのか見当のつかない曲だった。さっき言ったように、隆太郎以外の3人がどう反応していいのか顔を見合わせていると、その雰囲気を察した隆太郎はぼそりと言った。

「こういうのも、やっていかないといけないと思うんだよな」

 それを聞いて、俺は一瞬、メンバーの中で一番血の気の多いマッシーが殴り掛からないかって心配した。しかしマッシーは怒りもせずに休憩しようと言う。ほっとした反面、ちょっと淋しくもあった。以前ならマッシーは間違いなく殴り掛かってただろうな。

 ロックは音楽のジャンルである以前に、生き方だっていうのがマッシーの持論で、こういう打算的な考え方を何より嫌う。大学生の頃、誰かがライヴ衣装をお揃いにしようと提案をしたことがあったが、その時も火が出るように怒ったのがマッシーだった。

 曰く、「客ウケを狙ってる」と。

 たとえばマッシーのフェイヴァリットのひとつのポイズンだって、まあまあ客ウケ狙ってんなぁってとこもあるんだけど、あの剣幕の前ではとても言い出せなかった。ともかく、俺たちはあの長閑なキャンパスで、ロック、ロックという言葉が、この世で一番クールなものだという価値観で繋がっていたんだ。

(――やめ時かな?)

 こういう言葉が頭をよぎらないわけじゃない。

 煙草をくわえた真治がマリリンと軽口を利いてから、俺からちょっと離れたソファに座る。緑に染めたボブの前髪を揺らすように、煙草の煙を天井に向けて吐き出す。

「健ちゃんさぁ、やばいんじゃないの、来月のライヴ。一応リリパってことになってるんでしょ? 新曲ないわけにいかないじゃん」

 真治の言う通りだった。来月のライブは、普段より大きな箱でリリースパーティという名目を掲げていた。リリパと言えば、かつてはメジャーアーティストがCDのリリース日にやるもんだったけど、近頃はインディーズバンドでもやることが多い。自主制作のCD完成記念ライヴみたいに。それに釣られて、そこそこ動員も増える。対バンライヴでも50枚前後のチケットは売れる。メジャーバンドならいざ知らず、インディーズバンドで毎回50人のファンを持っていることは、胸を張っていいことだった。確かに大学のときは200人規模のライヴハウスでワンマンもやった。当時の友達たちがたくさん来てくれたこともあるが、悪くない数だ。しかしそれが最高で、それから徐々に減って、今、これくらい。それこそ、このリリパやら、路上ライヴやらをやってみるが、じり貧ってやつだ。それが、今のバンドの状態を生んでいた。

「そうだな。やばいっちゃ、やばいよな。前売りもそこそこ捌けてるから、今更中止なんてしたら、払い戻ししなくちゃなんないし、会場のキャンセル料がけっこうかかるし」

 と、真治には言ったが、内心では、

(いっそ、解散ライヴってことに変えたら、客も納得するかもな)

 なんてことも浮かんでくる。

「あれ? 隆太郎くん」

 真治が声をかけたほうを見ると、隆太郎がスタジオを出てきたところだった。今日はまだ一度も弾かれてないギターが入ったギグバッグを肩に掛けて、大股で出口に向かう。

「どこ行くんだよ」

 俺は隆太郎の肩をつかむ。それをぐいと押しのけて、

「やめるんだよ。オーバジンズ」

 と吐き捨てた。

(つづく)

※次回更新は4月27日予定

 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

掲載紙購入方法
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31