Pop Styleブログ

本文です
前の記事

(前回までのあらすじ)

 健太たちが入った店は、違法カジノ店だった。そこで、ハオランは乱暴な扱いを受けながら、寝る間もなく働かされていた。男たちは、琴山村に金を払ってハオランを引き取ったビジネスだと正当化し、ハオラン自身もその状況を受け入れている様子だった。健太は「もう、ギターは弾きたくないのか?」と問いかけるが、ハオランの目の輝きは戻らず・・・。

 

 

*

「言い方を変えるよ」

 俺はハオランの顔を覗き込み、さっきよりも強くハオランの目をとらえる。

「お前はまだオーバジンズか?」

 この言葉に何の反応も示さないようであれば諦めよう。凄腕のギタリストとはいえ現実を生きるハオランと、夢だ仲間だとやってきた俺とは、もともと交わるはずはなかった。しかし、俺はハオランや、こいつが背負う琴山村を知ることで、はっきりと変わったことがある。夢の世界にも地面があるって知ったことだ。宇宙空間のようにふわふわと浮いているだけじゃ、どこにもたどり着けない。毎朝、満員電車で通勤する人たちにしたら、そりゃ俺の足下は数センチほど浮いているように見えるかもしれない。それでもつま先で、夢の地面を掻いて進もうとしている。

 夢に地面があるなら、現実にだって空があるはずだ。その空をお前は見たんじゃないのか? 琴山村の空は東京より広いけど、それとは違う青い空を俺たちはお前に見せてやれていなかったか?

 俯いたままのハオランに、マリリンが俺の言葉を伝えようとしたが、俺はそれを手で制した。俺の言葉はハオランに伝わっていると確信していた。

 どうなんだ? ハオラン。

 これまで、俺はお前の現実を見て見ぬ振りをしてきた。琴山村の成り立ちを知っても、そこから届く苛烈な文面の手紙を見ても。それがこの状況を招いたことは謝るしかない。けど、チャンスだ。お前の空と俺の地面が繋がるかもしれない最後のチャンスだ。

 無言で向き合う俺たちに痺れを切らした2号がハオランの頭上に拳を振り上げたその時、ハオランのまつげが動いた。一瞬だったけど俺はその目に戻った輝きを見逃さなかった。答えはそれで充分だ。俺は素早く踏み出して、振り下ろされる2号の拳を受け止める。

「このやろう」

 2号は乱暴に俺の手を振りほどき、同じ拳で俺の腹を殴る。が、一発目ほどは効かない。俺の体と頭はすでに臨戦態勢を整えていた。

「さっき、契約って言いましたよね?」

 のどの奥のほうに上がってくる胃液を必死に飲み込みながら言った。2号の拳は甘くはない。

「ああ。それがどうした?」

「ビジネスの契約ってことは、それよりいい条件が示されたら変更されるってことですよね?」

「ビジネスと契約ときたか」

 2号は拳をさすりながら、乾いた笑い声を上げた。

「そっちが使った言葉です。俺たちがよい条件を提示できたら、ハオランがここで働く契約は変更してもらえますか?」

 1号が「契約」と口にした時から、俺のセッションは始まっていた。相手の出す音に乗じて自分のフレーズを作ることはセッションの基本だ。

「村長にはいくら払ったんですか?」

「お? それを親にでも払ってもらってチャラにしようって言うのか? 日本の坊ちゃんたちは恵まれてるね。羨ましくて虫酸が走るぜ」

 2号が唾でも吐き捨てるように言うと、1号が2号の肩を叩く。

「まあ、いいじゃないか。このガキも使い物にならないしな。店でギターを弾かせてやろうと引き取ったが、しみったれた顔で弾きやがって、客から苦情が出るし、ウエイターとしても、さっき見たような有様だ。こいつらが俺たちとおっさんが結んだ契約より高い条件を出してくれるって言うなら、こっちに損はないだろう」

 そう言って、1号は俺の目の前に指を2本立てた。

「200万円。こいつの半年分の値段だ」

 吹っかけてきている。俺は直感的に思った。事実上、琴山村のお荷物となっていたハオランをそんな金額で引き取るわけがない。ただ、ここに交渉の余地はないことは確かだ。交渉を持ちかけているのはこちらなのだから。

 金額を聞いた真治がマリリンを窺う。「よせ」と俺は小さな声で言った。俺はこのお金を親や、ましてマリリンに頼るつもりはない。オーバジンズ伝説として乗り越えなければならない最後の壁だと感じていた。ロックバンドにはストーリーが必要だ。成り上がりではないけど、その過程が困難なほど楽曲に説得力を、バンドにカリスマを与える。レジェンドたちもそうだろう。200万円という金額にひるみそうになる自分に、そう言い聞かせた。

「電話をしてもいいですか?」

「ん? 親に電話するのか? ママ、助けてーって」

 2号はからかいながらも、発信先を見せることと目の前で話すことを条件に、取り上げていたスマホを投げてよこした。

「コンチネンタル・レコード ささい? ああ、デビューがうんぬんて言ってたな」

 俺が示したスマホの画面を読み上げて、2号は鼻で笑う。

 呼び出し音が続く。頼む、笹井さん、電話にでてくれ。

「もしもし」

 いつもの無愛想な笹井さんの声が、今は希望の囁きに聞こえる。

「デビューしたら200万円もらえますか?」

 俺の唐突な質問に、笹井さんは黙り込む。どれくらい沈黙が続いただろう。

「もしもし聞こえていますか?」

「俺は金のことを口にするミュージシャンとは仕事はしない」

 電話を切ろうとする笹井さんを察して、俺は手短に事情を話した。2号の目を気にして、重要なところは端折るしかなく、ずいぶんと要約した説明になった。それでも切迫した事態は笹井さんにも伝わったようで黙って聞いてくれた。

「よくわからないけど、ややこしいバンドだな。お前たち。まあ、一般論として教えてやるよ。昔はプロ野球のドラフトみたいに、有望な新人にはそれなりの契約金が払われていたけど、今はそんな時代じゃない。CDを出して、少しくらい名前が売れているバンドでもバイトをやめれないヤツらはごまんといる」

「CDがちゃんと売れないと、お金は入ってこないってことですか?」

「心あるマネージメント事務所に所属できたら、引っ越し代になるくらいの準備金をもらえることはある。まあそれも数万円ってとこだな」

 自分の目論みが完全に外れて肩を落とす俺を見て、1号2号はニヤニヤと笑っていた。こいつら、本当はハオランのことなんてどうでもよくて、ただ俺たちがおろおろと狼狽える姿を見たいだけなんじゃないか?

「そんな暗いため息を吐くんじゃねえよ。デビューしたら金が入るって、いつの時代の話だよ。本当ならすぐにでも電話を切りたいところだけど、事情が事情だ。いいことを教えてやる。デビューも事務所も決まってないお前らだからできることだ」

 俺はすがるような気持ちで笹井さんの言葉の続きを待った。

「ライヴを死ぬほどやるんだよ。お前ら、ちょっとした数のファンがいるだろ? それをもっと増やすんだ。そこでバンドの名前入りのグッズでも売れば、もしかしたらその金額に届くかもしれない。これまでそんなことやってなかっただろ」

 月影シンフォニーのやり方だ。あの頃はバンドがグッズで稼ぐなんて、と思っていたが、今は背に腹は代えられない状況だ。それに、親やマリリンに頼るより、ずっとバンドとしての本質を崩さない気がする。

「でもそれって、なんでデビュー前しかできないんですか?」

「そりゃ、あれだ。俺たちレコード会社や、事務所がパーセンテージを取っていくからだよ。おっと、搾取じゃないぞ。その金でバンドを運営していくんだ。スタッフも霞を食って生きてるわけじゃない。こっちが投資したものを回収してからお前らのほうに流れていくんだ。大学を出てるんだ、それくらいわかるだろ? でも、今なら直でお前らに入る。200万円はちょっと途方もない金額だけど、やってみる価値はあるんじゃないか?」

 

 

前の記事

 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

掲載紙購入方法
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30