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(前回までのあらすじ)

 ハオランが働いている店の狭いエントランスに連れ込まれた健太と真治。1階に待機させていたマリリンも、あえなく捕まってしまう。意を決した健太はハオランに会いに来た目的を告げる。2人の大男に脅しや暴力に屈せず粘り強く交渉を続けると、「会わせるだけ会わせてやる」と奥に続く扉が開かれ・・・。

*

  まず目に入ったのは赤い絨毯。そこから目を上げた瞬間に、俺はここが何の店か理解した。部屋の真ん中に置かれたルーレット台。それを囲むトランプゲーム用のテーブル、それにさっきエレベーターで一緒になった男とホステスが座るスロット。しょぼくれたビルの外観からは想像もつかないほどのスペースは、ひといきれで蒸しているというほどではないにしても、飲み物を運ぶバニーガールが客とぶつからないように気を使う程度には賑わっていた。各テーブルには数人の客が座っている。客の目は手札、場のカード、ディーラーの顔と忙しく動く。1つのゲームが終わるたびに客たちは、様々なリアクションで悔しがったり喜んだりしている。

 右手のテーブルではなにかトラブルが起こっているようで、客の1人が、髪をひっつめ白シャツにベストを着た中年の女性ディーラー相手につっかかっている。1号はすかさず歩み寄り、その男の肩に手をかけ耳元につぶやく。男は、1号に向かい合ってやり合う姿勢を見せたが、1号の形相に押されたのか椅子に力なく座った。その背中から漂うのは、なんというか、崩れているという印象だった。それはよれた背広からだけじゃない。今日の賭けの首尾なのか、人生そのものなのかわからないけど、崩れている。あらためて店内を見回すと、ホステス連れの男のように、ちょっとした火遊びを楽しむ余裕をまとった客と、崩れた臭気を放つ客に分かれていた。

 膝が震えた。リアルな犯罪現場に足を踏み入れるのはさすがに初めてだった。自慢じゃないけど、小学校の時に玩具店でベイブレードを万引きしようとして店員に見咎められて以来、犯罪というものに近寄ったことはない。ここに入った時点で、俺は犯罪者なのか? 警察に捕まったりしたら、母さん泣くだろうな。

 いや、俺は頭を振った。のちにファンに語ることになるオーバジンズ伝説には、悪くない場面かもしれない。ロックバンドのストーリーには、ヤバい話のひとつもなければ格好がつかない。紆余曲折は、バンドが奏でる音に説得力をくれる。が、もうエピソードは十分に揃った。さっさと帰りたい。俺はハオランを探す。

「お前ら、ここで見たことは全部忘れるんだぞ」

 2号が念押しとばかりに凄む。その時、奥のほうで女の悲鳴と男の怒号が聞こえた。トラブルが起きたようで、2号は舌打ちをして、客をかきわけて声のするほうに歩き出したが、すぐに振り向いてついてくるように目で促した。俺たちを自由にさせるわけにはいかないんだろう。2号の後をついていく間にも、俺は目を凝らしてハオランを探す。ハオランが働かされているということは、当然ギターを弾いているわけで、ステージなりバンドセットなりがあるはずだ。俺はつま先立ちに歩きながら、それらがないかと見回していると、突然立ち止まった2号の背中にぶつかった。後ろによろけた俺の背中を真治が支える。

「健太君!」

「大丈夫、大丈夫」

「違う、あれ」

 真治が指すほうを見ると、エメラルドグリーンの派手なスーツを着た中年女が濡れたスカートを示しながら2号に詰め寄っていた。2号はしきりに頭を下げている。2号の隣で立ち尽くすウエイターを見た瞬間に、体の中で血が逆流した。

「ハオラン!」

 俺と真治とマリリン、3人が同時に声を上げていた。

 俺たちの声に気づいたハオランは、幻でも見たかのように目をぱちくりとさせ、次に様々な感情をごちゃ混ぜにした顔をした。すぐに2号に頭を摑まれ、怒る女に向かって頭を下げさせられる。この騒動は、2号が女に数枚のコインを渡すことで収まった。騒動が落ち着くと2号はハオランの頭を加減なくはたいて、首根っこを摑むと、店の奥へと引きずっていった。

 小さな事務所スペースで、俺たちとハオランは対面する。

「お前……」

 久しぶりに見たハオランは、一回り小さくなったように感じた。頬はこけ、顔に濃い陰を作っている。それでもハオランはニカッと笑った。こいつ、どれだけ心配したって思ってるんだよ。お前を捜して中国の山奥で遭難しそうになったんだぞ。俺は投げつけたい文句と、そんなこともうどうでもよくなった嬉しさとを合わせた肩パンチを見舞おうと、ハオランに近づいた。

「こいつ、本当に使えねえな」

 俺のパンチの前に、2号の拳がハオランの頭に落とされた。鈍い音が響く。

「乱暴しないでよ!」

「ん? 優しいな、お嬢ちゃん。でもな、こいつは俺たちの飼い犬みたいなもんだ。ちょっと可愛がってるだけさ」

「飼い犬って。琴山村の村長は、売ったわけじゃないって言ってた。仕事を斡旋してもらったってだけだって」

 そう言ってから、マリリンはあっと口を押さえた。

「やっぱり琴山村のおっさんから聞いてここに来たのか。あのおっさんがどう言ったか知らないけど、それなりの金を払って、こいつを引き受けたんだ。日本語で言うと、なんだっけ? 煮ても焼てもいい、だったかな」

 後から事務所に入ってきた1号が、ハオランの肩に手をかけた。

「そんな……、今の時代に人身売買みたいな。ハオランの気持ちはどうなるのよ?」

「気持ち? こいつの? 親のスネかじってのんびり生きてる日本人が言いそうなことだ。ねえよ、そんなもん。琴山村のやつらだって、俺たちだって、それにこいつだって飯を食わなきゃならないんだ。こいつひとりの気持ちなんて関係あるかよ。それに人身売買とは人聞きが悪いな。ビジネスだよ。それにお前も楽しく働いているんだよな、ハオラン?」

 1号はにやにやしながら、ハオランの頭をがしがしとなでた。

「嘘よね? ハオラン」

 マリリンは中国語でハオランに話しかける。ハオランは小さく頷いたり首を振ったりしながら短い言葉を返す。

「ひどい」

 マリリンはひとしきり話し終えると、1号2号を睨みつけた。

「こんな若い子を、ほとんど寝る間もなく働かせているなんて」

「お嬢ちゃん、中国語うめえな」

 目を丸くした1号2号が同時に言う。

「でも、その後どう言ってたか、お兄ちゃんたちにも教えてやんな」

 1号があごをしゃくって促す。

「すぐにでもここを逃げ出したいって言ってたか?」

 2号がマリリンの肩を摑み、俺たちのほうへ向かせた。

「触らないで」

 マリリンは2号の手を払いのける。マリリンは1つ息を飲んでから口を開いた。

「僕はここにいるしかない、って」

 その言葉を聞いても、真治はあーあと声を漏らす。当の本人が受け入れているようでは、手だてがなくなる。それでも俺はハオランを責める気にはならなかった。

「お前らもしょせんネットに馬鹿げた動画を投稿する連中と同じで、現実の世界がわかってないんだ。飯を食っていくっていうのはもうちょっと複雑で、綺麗ごとだけじゃないんだよ。お前たちがよからぬ考えをして、警察にでも駆け込めば、うちはともかく、琴山村のおっさんにも必ず厄災がふりかかる。それはこいつもわかっている。でも、これでわかったろ? これはれっきとした契約だ。さあ、お望み通り、こいつの顔も見れたんだ。ここで元気にやってるからよ、お前らはさっさと帰んな」

 1号の指が扉をしめす。

「もう1つだけ、ハオランに聞いてもいいですか?」

1号が口にした契約という言葉を胸に留めながら、俺はうなだれるハオランに声をかけた。

「ハオラン……」

 俺はハオランの目を見つめながら、ゆっくりと言った。

「もう、ギターは弾きたくないのか?」

今日、ハオランと再会してから、すぐに気になったのは色を失くしている目だった。その目にまっすぐに問いかけた。

 ハオランは答えを出しあぐねるように、自分の足下を見ていた。目に輝きは戻らない。ギターという単語に何らかの反応があると願ったが、期待は外れた。

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 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

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