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(前回までのあらすじ)

 ハオランの居場所が書かれたらしいメモを入手し、ヤバい連中に対峙する覚悟を固めた健太。ハオランの母親を安心させようと、いざという時に解決するための金はバンドデビューで稼げる、と虚勢を張る。すると、歌唱力を心配されたマッシーが、ハオランの母親から歌の指導を受けるために村に居残るという予想外の展開に。一足先に帰国した健太、真治、マリリンの3人は、ハオランがいるという六本木の路地の突き当たりにある雑居ビルに乗り込んで・・・。

 

 9階を示していたエレベーターの数字が減っていく。6階で一度停止してから、再び下降してくる。心の準備もできないまま、エレベーターの扉が開く。中から、丸刈りの中年が下りてきた。細くつり上がった目と額の皺が、えも言われぬ威圧感を放っている。扉の前で突っ立っていた俺に、鋭い眼光を向けてどくように顎をしゃくる。俺は飛び退くように道をあけると、男は舌打ちをしながら通り過ぎた。他に数人が下りてきた。男性ということをのぞけば服装も年齢もバラバラだったが、皆、酒に酔っているのと違う赤らんだ顔をしていた。6階と言えば、ハオランが働いている店がある階だ。他の店もあるのかもしれないけど、先頭にいた男がもしそこの人間だとしたら。あんなのを相手に、話なんかできるだろうか。しかし、ここでぐずぐずしているとマリリンに尻を蹴飛ばされかねない。

「そうだ、マリリンはここにいなよ。そうだな、30分して俺と真治が戻ってこなかったら、警察に電話してくれ。一緒に行って、マリリンまで危険な目に遭わすといけないから」

 後ろのほうの台詞は、ちょっと格好つけて言ったけど、マリリンは気づいてくれていない。「それもそうね」と、俺と真治をエレベーターへと押し込んだ。不吉な曲のイントロみたいに重苦しい音を立てて扉が閉まっていく。俺へのレクイエムなのか。胸の前で十字でも切りたい気分だったところへ、扉が再び開いた。乗り込んできたのは、ホステス連れの、30代くらいの男だった。その容貌は俺の頭に「IT関係」の文字を浮かび上がらせる。男はすでに6階のボタンが光っているのを見て、俺たちを訝しげに眺めた。ホステスの耳元で何かを呟くと、女はアニメ声でひゃあひゃあと笑った。

 上昇するエレベーターに合わせて、俺の鼓動も高鳴る。ホステスが発する甘ったるい香水のにおいも俺の気持ちを慰撫することはない。

 真治が視線をよこし、俺のいかり上がる肩に手を置いた。「まあ、大丈夫っしょ」ってところか。俺はゆっくりと息を吐いた。

 6階に着くと、ホステス連れの男は俺たちを押しのけて先に下りていった。       切れかけの蛍光灯がチラチラと照らすだけの廊下は暗い。適度に距離をとりながら2人の後を歩く。短い廊下を進むたびにテンションが上がっていく2人の脇を1人の男がすれ違う。前の2人とは対照的に、亡霊のようにふらふら歩くその男に、俺たちは思わず道を譲った。

「何なんだよ、ここ」

 ティム・バートンの映画みたいに、次々に姿を見せる風変わりな登場人物たちに戸惑い、震える声を繕えない。

「めっちゃ楽しい飲み屋さんってわけじゃなさそうだね。やっぱり」

 前の2人は、案の定、俺たちが目指す608号室の前で立ち止まった。男がインターホンを押す。

 俺たちは柱の陰に隠れた。ほどなくして扉が開くと、廊下に室内の光と、かすかな嬌声が漏れ出してきた。わずかに音楽も聞こえてくる。くぐもったその音は、ドアを何枚か隔てたところから聞こえているんだろうけど、それでもかなり盛り上がっているのがわかる。扉からは下ですれ違った丸刈りとそっくりの男が出てきて、軽いボディチェックの後、2人を中に招き入れた。

「行こう」

 真治が俺の背中を押した。

「えっ? 心の準備ってもんが……」

「見てたでしょ? あの男の人、何回かインターホンのボタンを押してたの。あれきっと、暗証番号を入れないと鳴らないんだよ。扉が開いた今しかチャンスないじゃん」

「でも……」

「早く!」

 せっつく真治に押されて一歩踏み出した時に扉は閉まり、廊下は元の静けさに戻った。

「もう、踏み込むチャンス逃しちゃったじゃん!」

「そういうなら、お前が行けばいいだろ」

 俺は後ろで急かすばかりの真治を振り返った。その時目に入ったものに俺の息は一瞬止まる。

「扉をノックしたって開けてくれないだろうから、踏み込むのは次の客が来た時だね」

「ばか、真治」

 俺は真治の背後を指差した。

「踏み込むってどういう意味だ。このやろう」

 丸刈りの男が、眉を吊り上げて立っていた。先程の男とうまく見分けはつかないが、608号室にいたほうを2号だとすると、1階のエレベーターで見た1号のほうだろう。一歩後ずさった真治の背中が、俺にぶつかる。

「お前ら、まさかサツか?」

 1号はその可能性に思いを巡らせたのか一瞬ひるんだ目をしたが、俺たちの容姿を見て、さらに眉を吊り上げた。そのせいで額の皺が闘犬さながらに深くなる。そりゃ、こんな鋲のうたれたライダース・ジャケットを着た俺を警察だと思うわけがない。それでも、俺たちは必死に首を振った。そうしながらも、逃げ出す隙をうかがう。しかし大柄な1号の手をすり抜けるには廊下の幅は狭過ぎた。かくなる上はマリリンに電話だ、と尻ポケットにあるスマホに伸ばした手はあえなく1号に絞り上げられる。振りほどこうにも有無を言わせぬ力で、俺と真治はそのまま608号室の前まで引きずられていった。

 1号はインターホンに向かって話す。中国語だった。中から返ってきた声は1号にも増して俺たちを警戒している。何度か言葉を交わした後に、扉の鍵が開く。突き飛ばされるように中に入ると、さらに奥に続く扉の他には何もない狭いエントランスのような場所だった。その殺風景な場所に立ってた2号に、1号から委ねられた俺は腕をさらにひねり上げられた。俺は痛みで声が漏れそうになっていた。1号が再び廊下へと引き返し扉が閉まると、外で聞いていたのよりはっきりと室内の嬌声が聞き取れる。ただの飲み屋ならこれほどまでに警戒はしないはずだ。

「何の用でここに来た?」

 2号は日本語で聞いてきた。

 今日の目的はとりあえず様子を見に来ることだった。ハオランに会えればそれでいいし、それが叶わなくてもどんなところで働いているか知っておくだけでもなんらかの対策は練ることはできる。こんなふうに捕まってしまうのは想定外だった。どうする? 真治に目をやると、青い顔をして俯いている。こういう時に役に立たねえな。呼びかけようと向けた俺の顔は、2号のかさついて冷たい手によって正面に戻される。

「何しに来たかと聞いている」

「飲みに来ました。こいつと六本木に来てて、なんか面白い飲み屋ないかなってぶらついてたら……」

 間近に迫る2号の顔に、俺は思わず口走った。

「ほう。お前らの目にはここが小洒落たバーに見えたってことか。看板もねぇここが。ふざけるんじゃねぇ」

 もはや俺の頭は真っ白だった。

 

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 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

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