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(前回までのあらすじ)

  ハオランを案じて泣き出す母親の様子から、「同胞」がマフィアやギャングのような存在と察した健太は、村長にハオランの解放を繰り返し訴えるも、村の男たちに取り押さえられて気を失ってしまう。このまま村を去るのはオーバジンズの解散を意味すると考え、なおも村長のところへ向かおうとする健太。そこへハオランの母親が現れ、マリリンに小さい紙が手渡される。書かれていたのは、「東京都港区六本木……」という住所だった。

 

 

 

 見間違いようもない。日本の住所だ。ビルの階数まできっちりと書かれてある。ハオランの居場所だろうか? マリリンから紙を受け取ると、卒業証書でも扱うように恭しい手つきで、マッシーと真治に見せた。

 お母さんはマリリンに何事かを告げている。

 ハオランの居場所だとしたら、お母さんは知らなかったはずだ。トラブルを避けるために、身内に詳細を知らせないようにしているのだろう。

 だとしたら、村長? 俺たちにハオランを託してくれたってこと?

「これってハオランの居場所なの?」

 はやる気持ちが俺を早口にさせた。半ば確信していたが、一応マリリンに確認しよう。そして、たいした荷物なんかないけど、明日の朝いちばんにここを発てるように荷造りを始めよう。

「帰り際に村長から手渡されたそうよ」

 俺は気を失う直前に目に入った村長の靴下を思い出した。毛玉のついた靴下が、彼もまた貧しい寒村の村人なのだと物語っていた。琴山村の掟の実直な監視官であろうとするのは、ここで暮らす人々の生活を守ろうとしているのと同じ意味なんだ。何も好き好んでハオランをヤバい連中の元に送ったわけじゃない。俺は、村長に託された思いをずしりと感じた。この思いとともに六本木に乗り込んでやろう。

「行かなくてもいい、とお母さんは言ってる」

「えっ?」

 お母さんの言葉に、俺のはやる気持ちがつんのめる。だったらなぜこの紙を俺たちに見せたんだろう?

「アーズメン、ハケアイダニューアヤ」

 お母さんは呟く。

「息子たちよ。そして可愛い娘よ」

 マリリンを介したその言葉に、俺の中にお母さんの気持ちが流れ込んでくる。お母さんにしてみれば、俺たちもハオランと同じで、まだ子供。その子供たちを危険なところに行かせることへのためらい。そんな温かい思いに、俺はこみ上げるものを感じていた。

「大丈夫だよ。お母さん。その『同胞』って連中だってお金さえきちんとすれば、そうそうヤバいことはしてこないはず。いざとなったら警察に駆け込めばいいんだから」

 お母さんはうんうんと頷きながらも、その顔には心の葛藤が見てとれる。俺たちを危険に晒したくない思いと、方法があるならハオランを救ってほしいという思いがせめぎ合うのも、また母親というものなのかもしれない。

「それに、村長にも言ったけど、俺たち半年後にデビューを決めるから、そのためのお金なら何とかなると思う」

 俺はお母さんを安心させるように、わざと胸を張ってみせたが、その言葉を聞いてお母さんの表情がにわかに変わった。迷える母親の面持ちから、宿題を終えていない子供を諫めるような口調でマリリンに捲し立てた。

「音楽でお金を稼ぐと言ってるけど、私はお前の楽団……バンドの歌い手の声を聞いた。あんな歌じゃ、とても人に聞かせられるようなもんじゃない」

 突然の辛辣なパンチ! 切れ味鋭い拳はきれいにマッシーの顎を捉えたらしい、声にならない言葉を発しながら目を回していた。俺たちのようなアマチュアバンドの弱点。音楽的スキル。

「俺は歌を唄ってるんじゃねぇ、魂を唄ってるんだ」

 我に返ったマッシーが言う。

 魂。音楽には魂がなにより大切だ。しかし、魂や気合いだけでやってきた分、音楽的なスキルを責められると後ろめたい。まして、お母さんの歌の実力を知っている。たとえば対バンの相手にそんなことを言われようものなら、殴り合いになるだけでも、お母さんのような人に指摘されると、どうしてもたじろいでしまう。

「私が教えてあげる」

 お母さんは言う。

「えっ? 本当にそんなこと言ったのか? マリリン」

「ええ。それがハオランを救う手助けになるのなら、私が歌を教えてあげるって」

 俺はお母さんを見た。色のあせた薄ピンクのダウンを着て、白髪まじりの髪を頭の上で無造作にひっつめたおばさんを前にして、マッシーが発声練習をしている場面を想像する。面白いことになってきた。俺は密かに笑いをこらえた。

 

 次の朝、お母さんの横で手を振って、帰国する俺たちを見送るマッシーの顔と言ったら! 捨てられる子犬みたいに、眉毛を下げて口をへの字に曲げていた。後で「キュゥーン、キュゥーンって鳴き声が聞こえたぜ」とからかったが、あながち大げさでもなかっただろう。

 この後、マッシーはビザが切れるまでの10日間あまり琴山村に滞在することになった。滞在が延びたことでキャンセルになった帰国の航空券は、日本でマリリンが手配して郵送した。あと一日、届くのが遅かったら不法滞在になるとこだったと、帰国したマッシーは文句を言ったが、その顔は、琴山村で別れた時とは違っていた。その理由は後に知ることとなる。

 一足先に帰国した俺と真治とマリリンは、さっそく村長から託された住所を頼りに六本木に向かった。

 得体の知れない店だ、本当は日の高いうちに訪ねたかったが、「六本木の店よ、夜しかやってないに決まってるじゃない」という至極真っ当なマリリンの意見に従って、俺たちが地下鉄の駅から地上に出たのは、六本木の交差点が出勤のホステスと黒服、やたらテンションの高い外国人、それにいい感じに出来上がりつつあるおっさんたちでごった返していた午後9時だった。

 グーグルマップが示す場所で俺たちが見上げたのは、交差点に立ち並ぶような派手な看板に彩られたビルではなく、住居用なのか商業用なのかもわからない「ザ・雑居ビル」といった建物だった。ただでさえ六本木と聞くだけで不穏なものを感じてしまう俺だ。入り組んだ路地の突き当たりにある、この建物を見上げて不安な気持ちは隠せない。エレベーターのボタンに触れる。このエレベーターが俺たちを乗せて、再び開いたところがどんな場所か想像するだけ足が震える。『同胞』というのが、本当の意味でどんな連中なのか全く摑めていない。村長の家に乗り込むのとはわけが違う。

「早く押してよ」

 後ろのマリリンが急かす。

「わかってる」

 わかってはいるが、俺の指がボタンを押すことを拒んでいた。

「なあ、ここでハオランが働いてるなら、ビルの前で待ってたら会えるんじゃないかな」

 さも名案を思い付いたように言って、ボタンから指を離した。真治とマリリンも詰めていた息をふうと吐き出す。

「朝まで待つ気?」

 そりゃそうか。レストランじゃあるまいし10時半ラストオーダーの11時閉店なんてことはないよな。

 それでもまごついている俺に痺れを切らしたマリリンが、脇の間から手を伸ばして、あっさりとエレベーターのボタンを押した。俺はあっと声を出してしまった。

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 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

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