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(前回までのあらすじ)

 村長が放った「ハオランを売った」という衝撃的な言葉。しかし、健太はハオランやハオランの家族に対して申し訳ないと思いつつ、この期に及んで全てを投げ出すつもりはないと誓っていた。詳しい事情を聞くと、ハオランは「同胞」が監視する中、六本木のバーで働いているのだという。それはどこまで深刻な事態なのか。健太たちが判断しかねている間に、ハオランの母親が泣き出して・・・。

 

 *

 

マリリンは考え込むように腕を組んでから口を開いた。

「やっぱり、彼らのいう『同胞』ってヤバい連中なんじゃない? 考えてもみて、この村が存続するために、外国で働いて仕送りをするルールは徹底されなきゃならない。例外は許されないの。それを破ったハオランにはいわば見せしめのような罰を下さないと、その規律は緩んでしまう」

「ハオランは、ただ単純にあるべき場所に導かれたってわけじゃないってことか。村の人間に代わって罰を下すのを頼む相手っていったら……」

 マッシーは首を振ったあと、村長を睨みつける。

「マフィアとかギャングとか、そういったろくでもない輩ってことか。だからお母さんは泣いてるのか。我が子がそういう連中といるの、喜ぶ親なんていないからな」

「断言はできないけど」

 そう言ったマリリンの横顔は青ざめていた。マリリンの中では半ば確信に近いものがあるのだろう。

 俺は天井を仰いだ。マフィア? ギャング? 俺の人生におよそ登場するはずのない種類の名前だ。気持ちが萎えそうになる。目をぎゅっとつぶって、グリムワルツから奪い取ったステージのことを思い出す。すぐに頭の中であの時、確かに俺たちが奏でた音が鳴りだした。自分の肚の底に、あの時と同じたぎるものがあると確かめた俺は、村長のほうへにじり寄った。

「ハオランと俺たちにあと半年だけ時間をください」

 俺の語気で恭順の意志がないとわかった村長は、マリリンの訳を待つまでもなく首を振った。ここまで言ってなお、引き下がらない俺の態度に少なからず驚いている様子が見てとれる。このまま押すしかない。

 これはセッションと同じだ。一緒に音を出している相手が一歩引いてバッキングにまわった時は、臆することなくソロをぶちかます。それを逃すようでは、こちらが望んだアウトロには辿り着けない。

 村長は俺に目を合わさず、後ろのマリリンに言葉を投げかけた。俺は村長と同じようにマリリンが訳すのを待たずに言葉を続けた。

「半年後、俺たちは日本でスターになるんだ。ハオランと一緒に。その後にお金なんてじゃんじゃん送ってこれるようになる。その前金なんて話にならないくらいに。なんとかその『同胞』って人たちに話をしてもらえませんか」

 村長は俺の勢いに圧されている。俺はここぞとばかりに、自分の思いの丈を村長にぶつけた。セッションでいえば、自分に与えられたソロの尺をこえて引き続けていることになる。

 村長はマリリンの話を聞きながら、何度も同じ言葉を呟いた。

「トラブルは困るって」

 廊下に控えていた老婆が割り込んで、帰るようにとわめいた。俺は老婆を押しのけて、村長の足を摑んで「お願いします」と繰り返した。頭にモトリー・クルーの「Kickstart My Heart」を鳴らしながら。キックスタート。この際、バイクでも船でもいいや。エンジンに火を入れて、全員を乗せて突っ走ってみるしかない。音楽には協調が必要だと、かのマイルス・デイビスも言っていたけど、時には何かを崩壊させなければ、このセッションは凡庸なエンディングを迎えてしまう。さらにトーンが上がった老婆の声を聞きつけて、中庭で子供たちを指導していた男たちがなだれ込んできて、俺を羽交い締めにした。もし彼らが本当に青龍刀を持っていたとしても、俺は引かなかっただろう。村長の心を動かすことが、ハオランに繋がる唯一の道なんだ。俺だって、ハオランの家族や、中庭の子供たちの生活を脅かすようなことはしたくない。オーバジンズも絶対に守りたい。何かいい方法があるはずだ。顔を床に押さえつけられながらも叫び続けた。一人の腕が首にまわっているせいで息苦しい。マリリンの悲鳴や、マッシーの怒鳴り声が聞こえる。視界に唯一入る村長の足もとがだんだんぼやけていく。

 

「無茶しすぎだって」

 うなだれている俺を真治が責める。

 あのまま気を失った俺は、ハオランの部屋で目を覚ました。

「あんな騒ぎを起こしたんじゃ、もうこの村にいられないじゃない。他の村の人から情報を集めるって手もあったのに」

「そんなに言うなよ、マリリン。健太も頑張ったんだ。バカだからすぐ頭に血が上っちまうけど。俺ならもっとスマートに交渉できたんだけどな」

 すぐ血が上るのはマッシーのほうだとも思いながら、今回ばかりは言い返せない。

 日はとうに暮れたようで、薄いガラス窓を通して冷気が俺の背中に伝わる。俺が体を震わせたのは、そのせいばかりじゃない。ハオランの居場所を摑めないまま、この村を去ることを想像したからだ。

 オーバジンズに、新しいギタリストを迎えて、新しい音を作っていくなんて発想はすでにない。マッシーも真治も同じ気持ちに違いない。このままこの村を去るのは、同時にオーバジンズの解散を意味していた。マッシーや真治とも離れてしまう。

「明日、もう一度、村長のところに行ってみる」

 土下座なり何なり、方法はあるだろうか? 

「『二度とこの家に近づくことは許さない』って、あのおばあさんがハオランのお母さんにきつく言ってた。当然よね、中庭にいた子供たちもずいぶんと怯えていたもん。これ以上、わたしたちが勝手なことをすると、きっとお母さんや弟さんがこの村の中で今よりもっとに悪い立場に立たされると思う」

 マリリンの言葉の語尾には、それだけは許さないという強い思いがこもっていた。

 他に手はないか。俺は頭を抱える。考えてみたところで、元々、ハオランへ繋がる唯一で最後の手段として琴山村まで来たんだ。それが途切れそうな今、俺の頭には無気力に就職情報誌をめくる自分の姿しか浮かんでこない。汚い中年になった自分がつまらなそうにカップ焼酎をあおっている姿まで行き着いて、俺は堪らず立ち上がった。狭い部屋はオーバジンズを失い、輝きの失せた未来が充満して息苦しい。

 中庭に出るドアを開けた。勢いよく飛び出そうとしたそこに、お母さんが立っていた。俺は思わず声を上げる。

「びっくりした。いつからそこにいたの?」

 マリリンは歩み寄ってお母さんの背中をさすりながら部屋に招き入れようとしたが、お母さんはその場を動かなかった。うなだれたお母さんの表情を見る限り、俺が起こした騒ぎを怒っている感じでもなかった。

「どうしたの?」

 顔を覗き込むように話しかけるマリリンに、おずおずと手を差し出す。その手から小さく畳まれた紙がマリリンに渡された。

「これって……」

 そこに書かれてあるものを読んだマリリンは口に手を当てた。覗き込むと、そこにはボールペンで走り書きされた漢字がならんでいる。

「東京都港区六本木……」

 

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 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

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