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(前回までのあらすじ)

 琴山村の村長に面会した健太たち。緊張感に包まれる中、健太は村長にまっすぐ向き合い、「ハオランを探しています」と、中国語で訴えかけた。「ここにはいない」「山を下りろ」と村長に返されても、同じフレーズを繰り返す健太。やがて、根負けした村長の口から出た言葉は、「マイ ラ」・・・「売った」だった。

* 

 

「間違いなく、そう言ったのか? このやろう」

 マッシーは膝を立てて腰を浮かした。実際に青龍刀を持ったヤツらが出てきたとしても、飛びかかっていきかねない勢いだった。

「ちょっと待って。もうちょっとちゃんと聞いてみる」

 マリリンは膝をよじって村長のすぐそばまで行った。自分の語彙を埋めるように、手振りが大きくなる必死の背中を見て、俺はごめんと呟いた。ハオランのファンと言ってしまったばかりに、いつもオーバジンズの厄介ごとに巻き込んでしまう。

 マリリン、ハオラン、ハオランの家族、そしてこの村長が背負う琴山村にも迷惑をかけているんだろう。1年前の俺なら、謝るだけ謝って全部投げ出していたかもしれない。めんどうくさいのはごめんだし、ややこしい責任なんて負いたくなかった。

 船は漕ぎ出されている。どんな場所であれ、どういう形であれ、どこかにはたどり着かなければならない。望む望まないはあるにせよオーバジンズに乗り合わせた人を海に投げ出してしまうことになる。

 俺は印刷工場を閉めた時に親父が流した涙のことを思い出した。小さかったとはいえ、何人かの従業員を抱えていた会社の経営者だった親父が、泣いた意味。印刷工場は親父にとっては家業だった。親父一人なら、経営が悪くても粘るだけ粘って、最後は海の藻くずとなるもの本望だったかもしれないが、従業員を付き合わせるわけにはいかない。そう考えて、決定的に難破する前に、従業員にいくばくかの退職金を出せるうちに、息子を大学に行かせるお金が残るうちに、きっぱりと決断をしたのだろう。やめる勇気。いつものほほんと笑っている親父に勇気なんて言葉は似合わないが、確かに持っていたんだと思う。

 親父が持っていた勇気は、俺の中にも流れていると信じてみよう。ロックンロールの血はちっとも流してくれなかったけど、ひとつくらいは親父から受け継ぐものがあってもいいはずだ。俺はその勇気をやめないほうに使う。親父がやめる勇気でみんなを守ったんだとしたら、俺はやめない勇気を持って進んでみようと思う。

「わかったわ」

 振り向いたマリリンは少し疲れた顔だった。それほど村長の話は込み入っていたのだろう。

「話が長くなるから端的に言うね。売った、というのはちょっと言い過ぎで、日本にいる同胞に頼んで、ハオランは仕事を斡旋してもらった。村のルールを守らない人は、同胞の監視の中、仕事をする。ハオランはそのやり方に沿って、六本木のバーで働いている。ボーイのような仕事。ギターを弾くこともある。給料はそのバーからすでに半年分が前金で支払われている−−−これが売ったって言い方になったみたい。同胞が半分、村が半分。前金で支払われている以上、ハオランにそこの仕事をやめさせるわけにはいかない。ざっとこんな感じかな」

 マリリンの話を聞いていた俺たちは、お互い顔を見合わせる。

「ごめん、マリリン。俺の頭が悪いからかもしれけど、事態が深刻なのかどうかいまいちよく摑めないんだけど」

 真治が頭を掻いた。俺とマッシーも同じだった。売られたと最初に聞かされたからだと思うけど、トラックかなんかに詰め込まれて、どこかの国に売られていく光景を想像していたのに比べて、マリリンの話してくれたハオランの状況は、本来の琴山村出身者の姿に戻っただけに思えた。

 その時、お母さんが泣き出した。「同胞」と何度も呟きながら。

 そうなんだ、本来の姿に戻っただけなら、昨日からお母さんがこんなに泣く理由がわからない。

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 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

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