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(前回までのあらすじ)

 中国・琴山村の村長の屋敷を訪れた健太たち。手前の中庭には、10歳に満たないであろう子供たちが集う授業のような光景が広がっていた。あるグループは、全員が長細い板を左手に握り、一糸乱れぬ速さで板の上で指を動かしていた。それが、ギターの曲を丸覚えさせる訓練と気付いた健太は、工場のようにギタリストを生産していく村のシステムを確信した。そして、いよいよ村長がいる奥の立派な建物へ。そこには、神経質そうな初老の男性が座っていた。

*

 村長が促すと、お母さんは消え入りそうな声で話し始めた。

「ねえ、こんなあらたまった場所で通訳するなんて、わたし自信ないよ」

 マリリンが耳打ちをする。小さいとはいえ、村の首長と向かい合っているんだ。その緊張感は部屋に満ちて、マリリンがひるむのも無理はない。

「大丈夫。わかる範囲でいい。それに俺たちが知りたいことは、そんなに多くない」

 ハオランの母親が話をしている間、すでに仔細を知っている様子の村長は、退屈そうに自分の爪を見ていた。話が終わると、椅子に座り直し、ジロリと視線をよこす。気圧されそうになるのをぐっと我慢して、俺は口を開いた。

「ウォー メン ザイ ザオ ハオラン」

 ハオランを探しています。

日本で丸覚えしてきたフレーズの一つだった。俺の発音で通じるかどうか自信はなかったが、村長の目をまっすぐに見て言った。

 村長は少し驚いたような顔をした後、短い一言を投げかけた。

「ここにはいない」

 マリリンが訳す。

「ハオランを探しています」

 俺はさっきと同じフレーズを繰り返した。

「ハオランはお前たちのところには帰らない」

 村長の口調は、けしてきつくはなかったが、それ以上の言及を許さない圧があった。もちろん、こちらとしても、はいそうですかと引き下がるわけにはいかない。お母さんが教えてくれた同胞とやらのいる場所を教えてもらうまでは。俺はみたび、同じフレーズを口にする。お母さんがおろおろとした目で俺を見つめている。

「山を下りろ」

 心持ち村長の語気が強くなる。いいぞ、と俺は思った。村長を怒らせたいわけじゃないが、泰然としたその雰囲気に飲まれたら話は進まない。

 村長がマリリンを通じて、何度もこの場所を去れと言った。そのたびに、俺は馬鹿の一つ覚えのように同じフレーズを繰り返した。

 村長は、イライラともうんざりともとれる顔をお母さんに向ける。それを受けてお母さんが俺にかけた言葉は訳してもらわなくてもわかる。「お願いだから失礼のないようにしてちょうだい」といったところだろう。

 悪いね。お母さん。村長がなんと言おうと、俺たちはハオランに会って話をしなくちゃいけないことがあるんだ。

 その後も、何度も同じ言葉を繰り返す。ぶち切れられても文句は言えないが、このやり方に賭けるしかなかった。

 やがて根負けしたように村長はため息をついた。そして短い単語を言った。俺はついに村長にまいったと言わせたと思い、小さくガッツポーズを作った。しかし、その単語を聞いたマリリンは飛び上がりそうになりながら、聞き返した。

「なんて言ったの?」

 色を失くしているマリリンに驚いた真治が、素っ頓狂な声で尋ねた。

「マイ ラ。売ったって……」

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 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

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