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(前回までのあらすじ)

 健太たちが琴山村で出会ったハオランの母親は、ハオランの名を聞くなり取り乱した。ハオランをオーバジンズに引き入れたことが村のルールに背いたことになり、家族に迷惑をかけたらしい。その上、ハオランは日本にいる「同胞」に預けられ、行方知らずという。振り出しに戻ってしまった健太たちだったが、ハオランの居場所の鍵をつかむため、村長と面会することになった。

 

 

 

ひと際高い塀を見上げた。鉄扉は固く閉ざされていて、当然のことながら俺たちを歓迎する雰囲気はない。さらに塀の向こうからは、かすかに念仏のような声が漏れ聞こえてきて、俺たちが乗り込む敵陣としての威圧感は抜群だった。ここが村長の家だという。引き返すわけにはいかない、俺は汗ばむ手を握りしめた。

 お母さんが塀越しに来訪を告げる口上を述べた。しばらく間を置いて、鉄扉が厳かに開いて、老婆が顔を出した。老婆は何か忌々しいものを見るように俺たちの間に目を漂わせ、不承不承の態で建物の中へと招き入れた。電話の時と同じように何度も頭を下げながら歩くハオランの母親に続く。こんなにこの人を恐縮させる村長ってどんな人間なんだ。

 中はハオランの家とは比べ物にならないくらいの広さだった。建物は決して豪華な造りじゃないけど、村の長の居として十分な威厳を感じさせる造りが俺たちを圧倒させる。中庭も小さな公園くらいの大きさはある。その中庭に、子供たちが座っている。俺たちが入ってきた門からは背中を向けた格好で座っているので、顔は見えないが、小さな背中を見ると10歳は超えてない子供たちだ。4つのグループに一人ずつ大人がついている。黒板を使うグループもある。

「幼稚園や小学校も兼ねてるのかな」

 真治の言うように、それは屋外ということを除けば日本の学校の光景と変わらなく見えた。

 ハオランの家から、ここに来るまで、琴山村の規模はなんとなくつかんだ。けして大きな村じゃない。それから考えると、村に住むこの年代の子供たちのほとんどはここにいることになる。

「あの板、なんだろうね」

 マリリンが指差すグループに目をやると、全員が長細い板を左手に握っている。ハオランの部屋にあったものと同じだ。それに、子供たちのあの構え……。

「ギターを習ってるんだ」

 間違いない、と俺は思った。

「まじかよ」

マッシーが案内役の老婆を追い越して、子供たちの前にまわりこんだ。数人を除いてマッシーに反応する子供はいない。顔を上げた数人も、大人から強い叱責を受けて、視線を手元に戻す。

 ふつう子供であれば、ひと目で村の外から来たとわかるマッシーにもっと興味を持ってもよさそうなものなのに、大人たちの統制はそれを許さないようだ。

 老婆に従って、中庭の真ん中まで歩いていくと、黒板に書かれたものがハオランのノートと似たものだとわかる。あれは楽譜だったんだ。

 先生役の大人が視線で子供たちを射すくめ、ひと言、声を発すると、子供たちは板を構え直す。先生がカウントを出すと、子供たちの指が、ギターの指板に見立てた板の上で踊り始めた。かなりアップテンポな曲らしい。音がしない分、その一糸乱れぬ動きが際立つ。それに見とれていると、先生が鋭く手を打った。無音の合奏止まり、先生に指を指された子供が立ち上がる。その子供はうなだれて先生の前まで行くと、強く頬を叩かれた。

「間違ったのか?」

 さすがのマッシーも、この張りつめた空気を察して小声で耳打ちをしてきた。

「音も出てないのに、なんでわかるんだ?」

「先生が見てたんだろ?」

「このグループだけで10人はいるのに? その全部の指の動きを見てたってこと?」

 俺は首を振る。俺にだってわからないけど、きっとそういうことなんだろう。年端も行かない子供たちの指さばきもさることながら、それを指導する先生の目も尋常じゃない。

 老婆が早く来いと急かす。

「なんで、ちゃんとしたギターを使わないんだろうね」

 老婆の声を気にする様子もなく、真治は子供たちのそばに近寄って、板をまじまじと見た。

「ああ、そうか。ここのやり方って、もうすでにある名曲を丸覚えさせるんだった。じゃあ指の運びだけ完璧ならそれでいいんだ」

 真治の言うことが正解だとしても、それは生半可なことじゃない。

 薄々想像をしていたが、この光景を見て俺は確信した。本当にここは生活の糧となる技術としてのギターを教えてるんだ。楽しさなんて微塵も必要としてない。電化製品を作る工場のライン作業みたいに、その先で何が出来上がるかなんてことは二の次で、自分がするべき手順を丸覚えさせているんだ。

 見る限りギターはない。この村に一本のギターもないわけがないと思うけど、貴重なのかもしれない。たとえば、特に優秀な子供が選ばれて優先的に触れるといったものなのかも。だから最初に会った頃のハオランはギターを見るとあんなにも弾きたがったのだろうか。

「こんなことして、楽器って覚えられるもんなの?」

 マリリンが子供たちを指差す。

「うーん。クラシックの楽器、例えばヴァイオリンなんかは子供の頃から反復練習で基礎を叩き込まれるってきいたことあるけど、もちろん楽器は持ってるしな。俺たちみたいな中学の頃にロックに憧れて楽器持ったやつらなんて、好きな曲をかけて鏡の前でかっこつけながらデタラメに弾いてるうちに、何となく弾けるようになった口だから。こんな練習したことない」

 母さんの鏡台にむかって決めポーズをしてるところを親父に見られて散々、からかわれた過去がある。

「ドラムだって同じようなもんだよ。コピーだってそりゃするけど、好きなように叩いてる中で、自分のスタイルみたいなのが見つかるんだ。そもそもあれって、言っちゃえばエアギターでしょ。それでハオランみたいに弾けるようになるには、どれくらいの時間、あんなふうに怒られながら練習しないといけないんだろう?」

 真治は、これまでハオランが、そしてこれからあの子供たちが費やすであろう時間を想像したのか、ぶるっと体を震わせた。

「健太、お前、こんな中で育ったハオランに、オリジナルのギターを弾け弾けって……」

 マッシーが責める目で俺を見る。

「言ったよなー……。マッシーだって言ってたじゃん」

 ハオランは頑張ってくれたが、俺たちが思う以上に大変だったのは、この子供たちをみて痛感する。工場のライン作業員に新しい製品を開発しろって言ったみたいなもんなのだから。

 うなだれる俺を、老婆は半ば蹴飛ばす勢いで、正面のひと際立派な建物の前まで進ませた。

 老婆が扉を開く。お母さんは、これ以上小さくなれないほどに身を屈める。

 俺は頭の中で、ネットの画像検索で「中国 長老」と打てば出てきそうな、白髭の老人を想像していた。しかしそこにいたのは、安楽椅子に座ったどこにでもいそうなの初老の男性だった。胸にワニのマークの入ったポロシャツや、ダボッとしたスラックスの裾からのぞく薄手のソックスがちょっとずれている感じなんかは、うちの親父と変わりない。おでこの広さも似たようなもんだけど、ただ、こめかみにはしる神経質そうな青筋は親父にはないものだ。

 村長は手で座るように示した。

「不思議な拳法を使うわけでもなさそうだし、いざとなったら勝てるぞ」

 マッシーが俺に肩をぶつけながら、どかっと座った。

「あほ、奥の扉の向こうで、屈強なヤツらが青龍刀を構えてるかもしれないぜ」

 万が一にもマッシーがバカな行動をとらないよう釘を刺したつもりだったが、マッシーはぎょっとした目をして、ぶるっと震えた。

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 読売新聞の水曜夕刊に掲載されている新感覚カルチャー面。旬の人のインタビューコーナー「ALL ABOUT」を中心に、若きタカラジェンヌの素顔に迫る「タカラヅカ 新たなる100年へ」、コラムニスト・辛酸なめ子さんの「じわじわ時事ワード」といった人気連載に加え、2016年4月から、ポルノグラフィティのギタリストのエッセー「新藤晴一のMake it Rock!」、次世代韓流スターのインタビューコーナー「シムクン♥韓流」がスタート。オールカラー&大胆なレイアウトで紹介する2面にわたる企画ページです。

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